20世紀的脱Hi-Fi音響論(特別編)


 我がオーディオ装置はオーデイオ・マニアが自慢する優秀録音のためではありません(別に悪い録音のマニアではないが。。。)。オーディオ自体その時代の記憶を再生するための装置ということが言えます。「サロン・ド・クラシック~室内で誘惑する甘い音楽~」は、クラシック音楽で日陰者扱いされている室内楽の魅力を不埒(ふらち)に語るオヤジをモニターします。

サロン・ド・クラシック
~室内で誘惑する甘い音楽
【室内で誘惑する甘い音楽】
【甘~い音楽のリソース】
【音楽で語り合う距離の作り方】
冒険は続く
掲示板
。。。の前に断って置きたいのは
1)自称「音源マニア」である(ソース保有数はモノラル:ステレオ=1:1です)
2)業務用機材に目がない(自主録音も多少やらかします)
3)メインのスピーカーはシングルコーンが基本で4台を使い分けてます
4)映画、アニメも大好きである(70年代のテレビまんがに闘志を燃やしてます)
という特異な面を持ってますので、その辺は割り引いて閲覧してください。



【室内で誘惑する甘い音楽】


オーディオを趣味にしていると、どうしても部屋にこもり気味なのだが、意外にも交響曲やアリーナライブなど、部屋に到底収まらない膨大なサウンドに憧れる人が多い。というより、お金も暇も掛けて構築しているオーディオシステムで、どうしても見栄を張りたくなるのが人情というものである。

しかし、実際にウサギ小屋の自室に相応しい音楽とはなにか? と問われれば、室内楽曲というのが最も相応しいと言えよう。しかし、悲しいことかな、日本で室内楽のレコードは交響曲や協奏曲ほど話題にならない。なぜか? やはり地味だからだ。一番よろしくないのが、室内楽クラシックの批評である。完成度だとかスケール感だとか、ムードの欠片もない言葉で埋め尽くして、まるでオリンピックのフィギュアスケートのように点数を付けて、名盤選びをしている節がある。その伝統は19世紀半ばにヨアヒムやヘルメスベルガーのような音楽大学の教授が楽友協会(フィルハーモニー)で主催した弦楽四重奏の公開コンサートに端を発し、新聞や音楽専門誌で批評を掲載したことに始まった。なので、クラシックの室内楽は、ドイツ・オーストリアの作曲家が第一に取り上げられ、演奏の腕前を競い合う構図となっているのだ。

大観衆の前で弦楽四重奏を披露するヨアヒム四重奏団


そもそも室内楽とはコンサートホールで大観衆を前に演奏するようなものだろうか? いやむしろ作曲家が自ら音楽サロンに出向き、そこでパトロンの心を射止める(ついでに生活費もせしめる)ためのもので、ともかく身なりも含め第一印象が大事である。あるいは貴族のなかにも、自ら楽器を奏する音楽愛好家が居て、自らコンサートを開くまでもないが、個人的な集いのために楽曲を希望する場合もある。第一級の作曲家は、そうした要望のなかでも、何世代にも引き継がれる名曲を作る腕前をもっているのである。同じ部屋に居て一番大切なのは、威厳よりも親密さなのだ。偉そうに距離を取ることではなく、親しく近づきたくなるような和らいだ雰囲気(ムード)である。それこそアポロンでもディオニソスでもない、ミューズのもつ魅了する力なのだ。


シューベルト家の夜会「シューベルティアーデ」
ウィーンのシュランメル四重奏団

例えば、初期バロックで最も優れた鍵盤奏者だったフローベルガーは、外交官という職業が表向きのもので、作曲は趣味に等しいものだった。そのため、楽譜は印刷して売ろうとはせず、自筆で献上するという体裁でしか残さなかった。逆に言えば、個人的に知り合いとなり、作曲家にもその腕前を認められなければ、楽譜を賜ることが適わなかったのだ。バッハも息子フィリップ・エマヌエルの就職先として、ベルリンのプロイセン王(フルートを奏した)に謎に満ちた「音楽の捧げもの」を献上している。しかし、この楽曲は200部の初版以降全く顧みられず、その楽譜もバラ売りされ散逸していたため、19世紀初頭にはまだ一般には知られていなかったし、息子は息子で絶対王政を敷く王の伴奏役として、鍵盤曲の優れた作曲家として認められず、鬱屈した日々を送らなければならなかったが、音楽史としては多感様式というロマン派の先駆けとなる楽曲へとたどり着いた。ただし、いくら強権をもってしても、この疾風怒濤の音楽への栄誉を、かの大王は預かることができなかったのだ。


このように作曲家と知古になるとは、けしてお金で買えるようなものではなく、そこには芸術への熱情を互いに共有できるという確信がなければ成立しない何かがあるのだ。実は室内楽には、そうした作曲家の個人的な情念が強く秘められているとも言えよう。けして交響曲やオペラの縮小版ではないのである。

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さてヨーロッパ史上で音楽を室内の調度品として数え上げたのは、ルネサンスの賢人たちであった。それまでは国王や大司祭の権威の象徴として、吟遊詩人や楽士を集めたものや、立派な装飾本に書かれた聖歌集であったが、16世紀からは器楽を嗜む人文主義者たちが自分で見聞きした音楽を写譜した音楽手帳を大事にしていた。エリザベス女王も自室にイタリア製のスピネットを置いており、当時の英国貴族たちの愛奏曲は「フィッツウィリアム・ヴァージナルブック」として残されている。この伝統はバッハの妻が子供の音楽教育のために編纂したアンナ・マグダレーナ・バッハの音楽帳としても知られている。そのうち楽器の運指を数字や記号で描いたタブラチュア譜も開発され、一般の富裕層にも行き渡るようになった。フェルメールの絵画に描かれたヴァージナルやリュートは、そうした文化が都市部の商人の家庭に広く行き渡ったことを示している。

バロック時代の室内楽曲は、貴族の抱える音楽家が中心となるが、舞踏会から食事会(パーティー)まで、生活の一部にまで浸透していた。18世紀には貴族の子弟が一般教養の一部として器楽演奏を習い事としていた。バッハの子息で鍵盤奏者だったフィリップ・エマニュエルは、貴族のご婦人の習い事のために多感様式によるソナタを作曲し、後のウィーン古典派の礎を築いた。ピアノ初心者のためのソナチネ集は、そうしたアマチュアでも弾ける音楽集として編纂されたのだ。

イギリス ゴア家の娘に求愛する第3代カウパー伯爵(18世紀末)

19世紀末のベルエポック時代にサティが提唱した「家具の音楽」は、カフェやキャバレーで奏される軽音楽のようなものを差していたが、ちょうどアール・ヌーヴォーの調度品のような趣味の良い音楽とも解することもできる。J.シュトラウスやランナー(そしてブラームスも)などウィーンの作曲家は、こぞってワルツやポルカを作曲したが、カフェや酒場でのさらなる需要に応えるためシュラルメン兄弟のような小構成のバンドが生まれた。一般にシュラルメン楽団といわれるウィーンの風物は、ジャンル分けとしてはポピュラー音楽になっているが、これはパリのミュゼット楽団でも同じである。


サティの通ったパリのキャバレー ル・シャノワール
ウィーンのCafe Griensteidl、屋外で演奏するシュランメル楽団

こうした室内楽の需要というのは、アマチュア音楽家でも演奏できるようなものから、プロの演奏家のための技巧を凝らした大作まで様々だが、どれも特別に音響的な配慮をしていない人間が生活する部屋で奏でられるという共通の特徴があった。

さて、甘い誘惑というと男をたぶらかす美女のように思うだろうが、女子供をたぶらかすのは断然お菓子である。アフタヌーンティーのお菓子のような甘い音楽というとどうだろうか? オジサンだけで押しかけるのは無理だが、アンティークなお店で是非とも一度ご賞味に預かりたいと思うものである。茶菓子につられて誘惑されるなんて何ともチョロイ感じの音楽に思えるだろうが、かの麗しきフランス王妃は国難の最中に「パンがないならお菓子を食べればいいのに」と宣ったそうであるが、実はそういう贅沢な思想が室内音楽には大切なのだ。

行ってはいけない「お菓子の家」と豪華なお菓子を盛ったケーキスタンド

作家のおやつ(コロナブックス編集部)

日本の小説家、脚本家、放送作家、作曲家など様々な「創造的な仕事」に携わる人々が好きだった「おやつ」を取材した一冊。一見して戦後 昭和のちょっぴりな贅沢を紹介しているように見えながら、作家自身が自宅でくつろいだ表情で居るワンショットがちゃんと掲載されている点が、実は一番のごちそうのように思える。というのも、知の第一線でせめぎ合っている作品そのものの緊張感も大切だが、その作家の人間的なホッとした側面をみると、実は人間はいつでも緊張とリラックスを繰り返すことで生きていけるのだと思えるからだ。同じ志向で「作家の猫」という本もあるのでそちらもどうぞ召し上がれ。


もうひとつ室内音楽に必要なのは、チャーミングなことである。一般には愛嬌とも呼ばれたりするが、魅力的だとか可愛いとかいう誉め言葉である。しかしクラシック音楽では、どちらかというと”しかめっ面のベートーヴェン”や”むっつり顔のバッハ”のような肖像画ばかりが音楽室に飾られ、ついつい威厳のほうを求めてしまう。今どき売れっ子のアイドルの写真を飾ったほうがやる気も湧くだろうにと思うのだが、どうもそうはいかない。実際に18世紀以降に楽器を奏する貴婦人が多く描かれたが、こうしたチャーミングな状況を音楽に正しく反映させるには、もっと時間が掛かったように思う。ただしそうした課題は、オーディオ機器に関しては今の世でも同じ状況にあると思う。

髪型だって眉間の皺だってホラ、ちゃんと魅力的になるでしょ

クラシック音楽に威厳があり禁欲的というのは音楽の魔力を封じる言い訳


   



【甘~い音楽のリソース】

さて、甘いお菓子の話が出たところで、蜂蜜やメープルシロップ、チョコレートや粉砂糖、果てはカスタードクリームや餡子まで、甘味の元になる材料(リソース)は数多ある。それだけを指でこっそり盗み食いすることは意外に味気ない。そこにパンやスポンジのような澱粉質、さらに唾液を湧き上がらせる酸味のあるフルーツなど、人間の味覚を刺激するものが、一丸のハーモニーとなって口の中で混ざりあう瞬間が至福のときを演出するのである。それぞれを別々に腹いっぱい食べても至福は訪れない。口の中で適量が混ざりあうことが重要なのだ。

一般家屋での音楽鑑賞もまた、その音響的なスケール感に合わせて、音楽を選ぶべきだと思う。質より量を求めた壮大なサウンドを求めるオーディオマニアのための音楽ではなく、楽器構成が小さくても上質の音楽を聞きたいという要望は多いだろう。それは貴族の屋敷とて、部屋にオーケストラやオペラ座の収まらないという点では同じであった。しかし、どうせステレオを買うならシンフォニーホールのサウンドを立派に鳴らせないと意味がないという刷り込みがあるのも現実だ。オーディオメーカーの宣伝に踊らされて電気的な処理が無限の可能性をもたらすという幻想が邪魔して、質と量の意味を読み違えているのだ。しかし、オーディオ技術の発展とは裏腹に、一般家庭の部屋で適切な音量で楽しめる上質な音楽というのは存在する。ただその数が圧倒的に少ないだけなのだ。
個人的にクラシック室内楽の名盤批評で一番よくないと思うのは、バイオリン奏者のギドン・クレーメルが嘆いていたように、ピアソラのタンゴなどの良質な楽曲がポピュラー音楽として扱われ、クラシック楽壇から排除されていたことである。これにはサロン風のジャズも含まれているし、もっとダメなのは現代作曲家の作品紹介に消極的な点である。おそらくECMの現代ジャズなどは、こうした境界線というか彼岸に立っている状態だが、アコースティック楽器で奏されるという点では、全く遜色ないものと考えていいだろう。

さて以下のCDは、ともかく甘くチャーミングな室内音楽を集めてみた。
ただし、室内楽曲の黄金期であるバロック音楽を抜いている。というのも、超絶技巧を謳った名手たちがひしめくバロック時代は、最も厳しい鑑賞眼で作品を選別していたからだ。またベートーヴェンやシューベルトの弦楽四重奏曲も割愛した。そうした名曲鑑賞は語りつくされているし、なにせ肩がこる。また音楽サロンの常連だったショパンやリストのピアノ作品もバロック音楽と同じ理由で割愛している。モダンジャズやフォークソングも、それぞれジャンル形成が独立しているきらいがあるので、ここには含めていない。ちょっと持ち上げようと思ったECMの現代ジャズも、沈黙の美意識が高すぎてクラシック愛好家でさえ眉をひそめてしまうほどである。こんなことを言うと無いものだらけのような気がするが、これら有名どころはスゲーことを自慢する音楽なのだ。それはそれで芸術的な価値が高いのだが、それだけ敷居の高いことでも知られ、正座して拝聴せよの命令をうけているように感じる。
ということで、私なりにリラックスして聴ける室内音楽を集めてみた。とは言っても、本当にリラックスできる音楽とは、演奏にかなり余裕のある状態でないと生まれない。いずれも第一級の演奏者によるものである。

古典派からホッホ・ロマンティークの室内音楽
この時代は基本的に貴族社会だが、一般にチケット購入で公開されるコンサート(公園での屋外コンサートもあった)と並行して、知遇さえ得られれば出入りできる私的音楽会(音楽サロン)も発展した時代で、それに見合った幅広い聴衆を意識した室内音楽も多く作曲された。ちょうど思想的にはルソーの自然主義から派生したロココ趣味から始まっているものの、バロック音楽の技巧重視の鑑賞から、平坦で分かりやすいメロディーが好まれたことも、その後の市民社会でクラシック(古典)として親しまれた要因として挙げられよう。クラシックだからと、けしてギリシア彫刻のように筋肉隆々で七頭身というわけではない、市井の人々を楽しませる室内音楽を選んでみた。
Gallo:12 Trio Sonata/Parnassi musuci

18世紀中頃に活躍したヴェネツィア出身の音楽家 ドメニコ・ガッロのこの作品は、長らくナポリ派のペルゴレージに帰されていたもので、ストラヴィンスキーが「プルチネッラ」の元曲として使用したことでも知られる。まぁそんなふうに思われてもしょうがないほど、前古典派風の洗練された構成をもっており、ガッロ自身も地元のヴェネツィアよりもパリやロンドンで出版されていることから、むしろブフォン論争の解決策を携えた国際派であったと考えるのが適当である。パルナッシ・ムジチはドイツの古楽演奏団体で、同種の室内楽曲を多く録音しており、安定した実力を備えた良い演奏である。
モーツァルト:フルート四重奏曲/有田正弘&ボッケリーニSQ

古楽器でのモーツァルトなんて今どき珍しくなくなったが、日本人による肌理の細かいアンサンブルで聴くと、それが全く不自然なことのない、まさに天衣無縫の音楽に聴こえる。気負いがないというと、どうしてもダラけた雰囲気に受取られるが、どのフレーズでも木陰が風で揺れているような自然さに溢れていて、ついウトウトと寝てしまいそうな心地よさである。
ヴァイオリン・ソナタ全集/シェリング&ヘブラー

色々なバイオリニストが挑戦するなかで、可もなく不可もなしだが、噛めば噛むほど味が出るという全集が、このコンビのものだと思う。1980年のレコード・アカデミー賞録音部門にも選ばれた盤だが、クレーメル/アルゲリッチの録音以降は急速に忘れられていったのが何とも惜しい。グリュミオーやシュナダーハンがモノとステレオで2回入れているのに対し、シェリングはルービンシュタインと一部を録音したきりなかなか全集録音をしなかった。
この録音の特筆すべきは室内楽に求められる家庭的で内面的な調和である。ウィーンとパリで研鑽しながら国際様式を身に着けた二人の出自も似通っており、ベートーヴェンのヴァイオリン曲にみられる少し洒脱な雰囲気が熟成したワインのように豊潤に流れ込むのが判る。モーツァルトの演奏で名が売れてる反面、なかなかベートーヴェン録音にお声の掛からなかったヘブラーが、待ってましたとばかり初期から後期にかけての解釈の幅などなかなかの好演をしており、バッハの演奏でも知られるシェリングの几帳面な解釈を巧く盛り立てている。
チェロ・ソナタ全集/カザルス&R.ゼルキン

フォン・ビューローがバッハの平均律を旧約聖書、ベートーヴェンのピアノ・ソナタを新約聖書に喩えたのは有名だが、同じことはチェロ作品についても言えて、チェリストにとってかけがえのないレパートリーである。この録音は戦後のプラード音楽祭の合間に録音されたもので、R.ゼルキンの整った構成力に支えられて、なかなか味わい深い演奏を繰り広げている。例によって唸り声も入っているものの、喜寿を迎えた老人にしてはしっかりした演奏で、ガット弦のひなびた感じもこの演奏にはプラスに働いているように思える。初期の2つのソナタからして、この作品のもつファンタジアとしての性格が自然体として湧き出てくるのが貴重だ。
モーツァルト&ブラームス「クラリネット五重奏曲」
ウラッハ&ウィーン・コンチェルトハウスSQ

天真爛漫なモーツァルトで巧さを発揮するウラッハだが、やはり白眉はブラームスでの陰りのある表現だろう。どちらかというと、他のクラリネット奏者は艶やかな紅一点の存在を示すのだが、影の深さで存在感を示せたのはウラッハのみだと思う。録音技術の進展にも関わらず、味わい深さだけは奏者の持ち味が生きてくる好例である。
パガニーニ:バイオリンとギターのための作品全集/ビアンキ&プレダ

パガニーニと言えば超絶技巧の作品で知られるが、この作品群のようにアマチュアの音楽愛好家のためにも多くの作曲をしていた。19世紀初頭のギター・ブームに乗って書いたといえば容易いが、これだけ多くの作品に出会うと、それ以上の思い入れ(例えば恋人への贈り物)があったと思うのが普通である。この録音は1985年からスタートし2003年に完結したが、ビアンキはストラディバリウスのバイオリンでの収録に執着しており、最初の1985~87年はThe Falmouth、1987~98年はColossusに替えたがあえなく盗難に遭い、それでも楽器を替えながらなんとか完結させた。しかしそのコダワリとは正反対に、ともかくストラディバリウスの音色を最上の状態で聴いてもらいたいという、純粋な気持ちで溢れている。
J.シュトラウス&ランナー:ワルツとポルカ集/クレーメル&カシュカシアンほか

ウィンナ・ワルツと言えば正月にやる手拍子のアレのような感じに思うかもしれないが、地元ではシュランメルという数名のアンサンブルがカフェや酒場を巡っている。このレコードはより簡素な弦楽四重奏、とはいってもシューベルトの「ます」のようにチェロの代わりにコントラバスを加えた構成で演奏している。結果は上質なイージーリスニングであり、ありそうでなかった立派なエンターテイメントになっている。
後期ロマン派からベルエポックの室内音楽
いわゆるプチブルジョワ(資産家)による市民社会が熟成した時代で、名誉はなくともお金さえあれば楽しい生活が待っているような楽観主義があった。その一方で人間のもつ闇の部分にも照明を当てた自伝的な私小説や、お伽話の体裁を取って辛辣な人間模様を描いたファンタジー小節、さらには猟奇的な犯罪やそれを読み解く探偵の活躍を描くミステリーも増えた。今回はカフェやレストランで流しても気にならない、ライト・ミュージックにも似たお気軽な室内音楽を選んでいる。
フルート、ヴィオラ、ハープのためのフランス室内音楽
Talitman, Fregnani-Martins, Xuereb

この構成はドビュッシーのものが超有名で、それが初めてだったようなことを言っている人が多いが、ここはハープ専門レーベルだけあって、デスヴィーニュ、デュポア、ロホジンスキ、ティリエと幅広い世代の楽曲を発掘している。しかし、ラヴェルとの論争の渦中にあったデュポワでさえ、あっちの世界のアンニュイな時間の流れを作り出しているところをみると、そもそも印象派というものさえも不確かな定義なのだと思ってしまう。ともかくフランス風の牧歌的な魅力に満ちたアルバムである。
ドボルザーク:セレナーデOp.22(八重奏版)/チェコ九重奏団

弦楽セレナーデとして有名な曲だが、これはボヘミアの伝統に沿った元の八重奏曲に再構築したものである。構成が特異な八重奏(フルート、クラリネット、オーボエ、バスーン、ホルン、弦楽四重奏)ではオーケストラ作品としても見劣りがするし、弦楽合奏版のほうがコンサートピースとして汎用性があり売れ線として採用された経緯がある。しかしそのチャーミングな魅力を一度聴いてしまうと、この楽曲の性格がセレナーデのもつ恋人同士のあいびきの様子がより鮮明になった感がある。
ラフマニノフ:悲しみの三重奏曲、チャイコフスキー:ある偉大な芸術家の想い出のために/ラン・ラン、レーピン、マイスキー

マイスキーは「ある偉大な…」をアルゲリッチ、クレーメルとライブ収録しており、そちらが超名演として称えられるが、個人的にはオフレコっぽいこっちの演奏の渋い雰囲気が好きである。冒頭のラフマニノフの追悼歌のような楽曲は、もちろんチャイコフスキーの後を追って当時のロシアの作曲家がこぞって扱ったジャンルでもあり、エレジーとしての性格をちゃんと踏まえたうえで芸術的に賛辞を送ることを提示している。ロシアの名だたるピアニストの録音が居並ぶチャイコフスキー作品を前に、中国籍のラン・ランは言葉では萎縮した感想
を述べて、二人のロシア系の弦楽奏者の雰囲気の作り方の巧さに賛辞を送っているが、実は二人の弦楽奏者にとってもピアノが大オーケストラとの協奏曲のように頑張ってしまうのを警戒していた節があり、それゆえにppでの表情の深みに重点を置いた演奏に仕上がっている。ちなみにクレーメルもECMにキーシン「鏡」と合わせて再録しているが、こちらはクレーメルの我が強すぎるか。
フォーレ宗教曲集/La Chapelle du Quebec

レクイエムのほかになかなか聴く機会のないラテン語モテットを、カナダの団体が小構成の合唱で歌いあげている。作風としては独唱を含む女子修道会寄宿学校などのアマチュア向けの小品であり、生活の安定のため引き受けていたとされる聖マドレーヌ寺院のオルガニストの肩書に相応する質素なものである。そこには教会関係者への音楽のレッスンという副業もさらに呼応していたかもしれない。本職がパリ音楽院楽長に移って以降はこのジャンルでの作曲は途絶えていくからである。そういう意味ではこのモテットたちは礼拝という実用の目的から離れて存在していたと思われ、リスト晩年の宗教曲とほぼ同じような感じに秘め置かれていたといえる。
ここではカナダで広範に広がった聖ウルスラ会との関連で、パリのような大都会とは異なるかたちでフォーレの姿が伝わっていた可能性が伺える。それは単純に大作曲家が身寄りのない兄弟姉妹に向けた平等な眼差しであり、作品そのものの価値とは全く異なるコミュニケーションの豊かさである。「赤毛のアン」の舞台は英語圏のプロテスタント地域だが、ケベック州と隣り合った地域での女子高等教育についての偏見のなさは共通しているのだ。伴奏に用いられているのが、ジャケ絵にある足踏みオルガン「ハルモニウム」で、澄んだハーモニーでさり気なく歌を支えており、家庭的で親しみ深い雰囲気で満たしてくれる。
マーラー:交響曲4番(シュタイン編曲:1921年室内楽版)/リノス・アンサンブル

20世紀初頭にシェーンベルク率いる新ウィーン楽派が、当時の「現代曲」を中心に演奏するために起こした「私的演奏会演奏会」のプログラム用に1921年に編曲されたもの。このコンサートのために154作品がレパートリーされたというから、これはまさに氷山の一角に過ぎないのだ。師と仰いだマーラーの没後10年であると同時に、この演奏会の最後の年でもあり、ウィーン世紀末の残り香を漂わせながら、儚い天国への憧憬を画いた作品像が、第一次大戦で崩壊したヨーロッパの亡骸をいたわるような、どこかグロテスクな感覚もある。一般にシェーンベルクの室内交響曲が、マーラーの肥大したオーケストレーションへのモダニズムの反動だと言われるが、この編曲を聴くと最低限の構成で同じ効果のある作品を狙っていたことが判る。なんたってこの頃のシェーンベルクはウィーン大学で作曲の教鞭をとっており、単なる反体制的な芸術家とは違うのだ。論争的になったのは12音技法に走ったときからで、その頃の芸術家としての姿勢が預言的に存在していたかのように描かれるのは、残された作品像を見誤る原因ともなる。カップリングはシェーンベルク編曲の「若人の歌」で、こちらはピアノ伴奏でも十分な歌曲なので、構成の間引き方も自然に聞こえる。
NUITS/ヴェロニク・ジャンス&イ・ジャルディーニ

「夜」と題した19世紀末のフランス語歌曲をサロン・オーケストラ風にアレンジしたアルバムで、室内アンサンブルの粋な演奏が華を添える。編曲を手掛けたアレクサンドル・ドラトヴィッキは音楽学者という肩書だが、綿密な時代考証を経たうえで、ベルエポックの爛漫たる雰囲気を醸し出している。少し片言風にフランス語を発音するジャンスの歌声が、場末に紛れ込んだ移民たちの異国情緒を一層高めてくれる。
ジャン・クラ室内楽集/ミリエール弦楽三重奏団

ジャン・クラは本職が海軍士官で、趣味が音楽である。しかし何事も一流でなければというこだわりの結果、多くの作曲をした才人でもある。実は少年期より、既に作曲を断念していたデュパルクの一番弟子で、「精神的な息子」とまで呼ばれ生涯交流を続けた。国内で売り出されたときは「プロヴァンスの海辺より」という、思わせぶりな邦題が掲げられていたが、中身は純粋な器楽曲である。ここでの楽曲は1920年代に書かれたものだが、いずれも印象派風の雅な趣きのある銘品であり、パリでの騒々しい流行の波を逃れた緩やかな時間が流れる。こうした日曜作曲家で溢れかえっているのがベルエポック期フランスの不思議なところで、音楽サロンの影響が強かったことを伺わせる。
プーランク自作自演集

プーランク自身がピアノ伴奏をした室内楽曲集で、オーボエとファゴットのための三重奏曲(1926)から晩年の傑作フルートソナタ(1957)まで、フランス勢の演奏家に囲まれて和気あいあいと演奏している。この時代のプーランクは、作曲人生の集大成とばかりオペラの作曲を手掛け、そちらの録音のほうも結構いい感じで残っているのだが、個人的にはパリの街中にあるアパルトマンをふと訪れたようなこのアルバムの親密な雰囲気が好きである。プーランクのピアノは、米コロンビアでのストイックなピアノ独奏とは違い、ペダルを多用した緩い感じのタッチで、少し哀愁を帯びた表情が何とも言えず愛くるしい。ちなみにさり気なく飾ってあるジャケ絵は、ホアン・ミロがカンタータ「仮面舞踏会」(1932)のこの録音のために描いてくれたオリジナルデザインである。
ポピュラー音楽と邂逅する室内音楽
クラシックがポピュラー音楽との関係性を意識し始めたのは、ラジオのような放送メディアの出現と関係性が深い。公共電波の音楽は、富める者も貧しい者にも平等に降り注ぐものだから、かつての王宮に務めていた宮廷楽士に比べても、ビジネスの規模として国家予算に相当するダントツに違ったものに変貌した。いわゆるアメリカ流のショウビズの世界と拮抗することになるのだが、ここで取り上げるのは、もっとパーソナルな関係性に立脚したミュージシャンたちの室内音楽である。バンドネオン奏者のピアソラが音楽を自身のペルソナ(魂)になぞらえるのは、そうした生き様と密接に結びついた音楽の在り方を念頭に置いたからだと思う。

ジャズ・セバスチャン・バッハ/スウイングル・シンガーズ

正確無比でクールな感触のアカペラ・スキャット。そこからパリの男女の群像が浮き上がる。1963年のレモンスカッシュのように爽やかな初録音から、1968年の枯葉を踏みしめるような冷めた表情の対比も面白い。人によっては前者の希望に溢れた歌唱が好きだろうが、私は断然後者のほうが好きである。スキのない男女がクールな仮面を被りながら恋の鞘当てをするのはスリリングでさえある。モンドリアン風の抽象絵画のジャケも美麗。
想いのままに…/ステファン・グラッペリ

ジャンゴ・ラインハルトのスタイルをパリのジャズメンと共に吹き込んだ録音。この人は大変長生きで、1990年にも日本に来日して美音を響かしてくれた。ジャンゴは当の昔に死んでいて、10年置きにこのような企画で呼ばれて録音するが、あまり嫌な顔をせず楽しんでいる感じがする。メロウなジャズ・ヴァイオリンの第一人者による、壮年期の円熟した演奏が聴ける点でも貴重な盤だ。アトランティック盤だが、音はフィリップスのような暖色系。
ビートルズ・コレクション/キングズシンガーズ

ビートルズの名曲をアカペラコーラスにアレンジしたアルバムで、イギリスの名門コーラスグループ6人組があの手この手で楽しませてくれる。本来はEMI所属でアナログ録音が大好きなグループだが、日本ビクターの企画でデジタル収録したのは、やはり本家から重圧を避ける意味もあったのだろうか。収録後に日本公演があり、上野の東京文化会館(大ホール)での最終ステージでこれらのビートルズ・ナンバーを披露した。「ヘルプ!」と第一声が飛んだ瞬間に6人の声が会場全体に響きわたり、遊びじゃない本当の娯楽の凄さに感動した。
武満徹/水の風景

米RCAは1960年代末に早くから小澤征爾やタッシなどを通じ武満作品を海外で発信したレーベルだが、ここでは日本人の演奏家により1980年代の弦楽四重奏、パーカッション、フルートなど楽器構成の異なる比較的地味な室内楽曲を4曲収録している。自身の作品の初演や録音となると必ず臨席し、ときには激高して厳しい言葉を浴びせることでも知られるが、ここでは若手の演奏家が誠心誠意を尽くして作品に向き合っていると高評価である。武満徹は映画音楽にも多く携わったことでも知られ、短い時間で映像の印象を高める効果に長けていることもあり、一音一音の響きと有機的で繊細な移ろいの変化が特徴でもある。これらの作品は、楽器構成が異なることで、他の作曲家の弦楽四重奏や打楽器作品、フルート作品集に織り交ぜられ、静謐の美が主張の少なさに結び付きやすいところを、プロデューサーの英断というか、作曲家の希望が適ったというべきか、少ない楽器構成でも豊かであり続ける独特のサウンドを余すところなく収めている。
タンゴ・ゼロ・アワー/ピアソラ

ピアソラが晩年にニューヨークのマイナーレーベルのスタジオに押し入って録音した渾身の一撃。何よりもこの録音に「私の魂を全て注ぎ込んだ」と言うのだから尋常ではない。しかし結果はそれまで民族音楽でもなくアヴァンギャルドでもない中途半端な位置づけから、ピアソラ本人のペルソナが優れていることを証明することとなった。その後の数年間は人生の大団円を飾ったのであるが、これがデビュー盤だと言えばその通りで、リリースされる過去の録音もこの時から遡って根を張るように広がっている。
古いオーディオ店に行くとロックや歌謡曲を聴くこと自体が禁句となってしまうことがあって、そのときにリズムのキレとかを確かめたいときに、このソフトを取り出すことが多い。電子楽器を用いない、パーカッションを含まない、しかしリズムの研ぎ澄まされたナイフで撫でられられるような緊張感を出せるか、そういうところを聴いていたりする。天使のミロンガが美しいだけで終わるようなら、最後まで聴かずに次に移ろう。
Rainforest/Ohta-san

日系ハワイ人のウクレレ奏者オータさんの晩年の録音である。はじめてウクレレをソロ楽器としてフューチャーし、自身でも作曲もしたパイオニアで、その何気ないように爪弾く一音一音が、いわゆる陽気なハワイという感じを越えて、癒しの音楽として深々と響きわたる。バックを務める3人のピアノトリオも、こうしたオータさんの楽園に深く共感している。
Pieces of Africa/クロノスSQ

結成当時からアフリカの作曲家にコツコツと20年かけて委嘱していた作品を集めたコラボアルバム。1993年にエジソン賞を受賞したかなり立派なお仕事である。エキゾチックでありながらポストモダンの文脈をきっちりと押さえており、それは弦楽四重奏というフィルタを通して洗練されているからだと思う。アフリカといえば土着の民族音楽と思われがちだが、アラブ文化を通じた伝承のルートがあり、ペンタトニックを基調にした明るい音楽が響きわたる。
Praha/木住野佳子

ジャズ・ピアニストと言えば、アクロバットなアドリブを思い浮かべるかもしれないが、チェコの弦楽四重奏団とのコラボということもあって、どちらかというとムーディーなアレンジ力で聴かせるアルバムだ。ジャケットが茶色なのでチョコレートのように甘い感じを想像するかもしれないが、冷戦後の東欧の少し陰湿で苦いコーヒーを呑んでいる感じ。この時期の東欧ジャズの怪しい雰囲気のなかに女性ひとりで乗り込んだときの緊張感を知りたい人は、映画「カフェ・ブダペスト」などで予習しておくことをオススメする。音楽が人間同士の心の触れ合いから生まれることの意味を改めて味わうことになるだろうから。
ベリー・スウェーディッシュ/Sweet Jazz Trio

ヨーロピアン・ジャズでも北欧のそれは、初心者でも馴染みやすいオーソドックスなアレンジが多く、いわゆるコアなジャズファンには人気がない。この録音のコルネット、ギター、ベースのトリオも、古いスウェーデン民謡をアレンジした、夜更けの時間に聴くのに適したまったりとしたアレンジである。聴きどころは犯罪的に甘いコルネットの音色で、これじゃ別に何を吹いたって完敗だ。
Glimmer/ニルス・オクランド(2023)

ノルウェーのフィドル奏者ニルス・オクランドに、シグビョルン・アープランドがハルモニウム(足踏みオルガン)で伴奏を付けたアルバム。ノルウェーの民俗音楽をベースにしているが、ノルウェーの風景画家ラース・ヘルテヴィグの伝記映画のために書かれた曲など、今という時代のために生き続けるフォークロアを体現するアルバムとなっている。
民族楽器と19世紀のリード楽器を組み合わせた響きは、倍音の変化が非常に複雑で、アープランドのアレンジもその特性をよく吟味したものとなっている。ここら辺の実験的なオーダーはECMならではのものだが、それゆえに伝統音楽の強い血筋のようなものが溢れ出てくるのは、このセッションが粘り強く時間を掛けたものであることを想起させる。
Travel Guide/ラルフ・タウナー、ウォルフガング・ムースピール、スラヴァ・グリゴリアン

う~ん、これは何て贅沢な取り合わせなのだろう。アコースティック・ギター3人によるトリオなのだが、その一人だけでもリーダー作を造れる実力派なのに、それが3人がっぷり組んで得も知れぬハーモニーを奏でてる。まるでマグロにヒレステーキにキャビアという感じで、とれもあり得ない取り合わせなのだが、観光旅行に行ったときについついやってしまう、高額なコース料理の大盤振る舞いに似ていて、思い出に残る一品でもある。でもこのアコギだけ担いで旅に出たような気軽な雰囲気は、そよ風のように爽やかに部屋のなかを駆け抜ける。



【音楽で語り合う距離の作り方】

【自分の住環境とかけ離れたステレオの発想】
さて、室内を麗しい音で満たすためのリソースを取り揃えたところで、趣味のオーディオをどうしたものか? 実は高級オーディオのほとんどが、どんな音楽でも万能に奏でられるという機能重視型で、それでいて機々械々な極めて主張の強いデザインである。なにせ半世紀前までは、ステレオといえば応接間を牛耳る家電の王とまでうたわれたのである。威張っていて当たり前だった。

大好きな愛犬とステレオに囲まれてご満悦のシナトラ卿(ドヤ顔は元からなのでご容赦)



しかし、今回は少し毛色が違う。生活が中心の場なので、室内の他の家具と調和した空間が必要なのだ。ステレオ装置で厄介なのは、大見栄をはってコンサートホールでの響きを再現しようとするあまり、ステレオ空間を形成するためにスピーカーの周辺に物を置けないことである。といってもタンスだって、ドアを開くスペースぐらいは必要なわけだが、現在の進化したスピーカーは余計な反射音があると音が濁るということで、スピーカーの周囲1mを空けて、さらにスピーカーと試聴位置との間にも物を置いてはいけない。まるでカラの箱を大量に積んだトラックのようなもので、空間のコスパは一番悪い調度品となっている。

コンサートホールを独り占めという発想から離れられないステレオ・システム

それゆえに他のインテリアと騒然と反目するような事態に陥る。オーディオ機器ほほとんどは悪目立ちこそすれ、他の家具類との調和を欠くデザインが多いのは、デザイナーが電子工学出身者であることと関連性が深い。つまり電子基板の精緻な設計はするが、その器のほうはあまり関心がないようなのだ。逆にミッドセンチュリー時代は、ツマミのあるフェースだけデザインして、マウントするキャビネットは別の家具製造会社が提供するぐらい割り切っていた。



古き良き時代の電蓄:パーツの寸法は共通なので別売りキャビネットにマウントできた
そもそも電子機器を目線から隠すためにキャビネットを必要としていた

逆にヘッドホンやイヤホンはどうだろうか? 部屋の空間配置がだいぶ楽になる一方で、個人で聴く以外に方法がなく、生活という場から遮蔽されたものとなってしまう。音楽との距離が極端に狭いのである。意外なことに耳から来る情報は、目から得られる情報量に比べ遥かに低いのに関わらず、耳は呼吸と同じく閉ざすことができない臓器のため、心理的な支配(ストレス)が思っているより遥かに大きい。けして豪華とはいえない住環境と良質な音楽とは、そうした両天秤のうちに存在しているのだ。

世界初のステレオヘッドホンメーカーKOSS社の理想と現実に沿った広告戦略

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【パルス波の再生に賭けるオーディオの末路】
狭い部屋での音楽鑑賞となると、オーディオマニアがまず思い浮かべるのは、ニアフィールド・リスニングである。これは英BBCが1970年代前半に、FMステレオ放送の本格化と共に研究していた音響のスケールダウンで、スピーカーとの距離を約90cmの正三角形に配置し、両耳で聴こえるステレオ音響を正確に再現しようというものだ。このとき生まれたのがLS3/5aという小型ブックシェルフ・スピーカーである。ステレオ・スピーカーの間に出現する仮想ステレオ空間の奥行方向に楽器が定位するサウンド・ステージが定義され、そのためにはインパルス応答を鋭敏にすることによって、パルス信号の先行音効果(先に聴こえる音が後の音をかき消す人間の聴覚)が重視された。

BBCで1969年に行われたミニホール音響実験


BBC LS3/5a:マニュアル通りに配置されたBBC局内のモニター
ハーベス製の周波数特性とインパルス応答特性

しかしBBCのスピーカーには、特性をフラットに保つために音響補正のネットワーク回路の負荷が重たい(そのためアンプを選ぶ)という欠点があり、実際の録音スタジオではヤマハのNS-10M(通称テンモニ)が標準的となった。特にポップスの業界で、このニアフィールド・モニターが流行ったのは、ボブ・クリアマンテンという録音エンジニアが精緻なステレオ空間をもってミックスしたアルバムを次々に世に送って以降である。お陰でテンモニのツイーターにティッシュを貼り付ける儀式まで流行った。これはツイーターのパルス音を避けて、実際の楽音が集中するウーハーによる中域から定位感を整えることで達成されていたのである。


世界中の録音スタジオで使われたヤマハNS-10Mとティッシュ貼りの儀式

デジタル時代に入りパルス波形の扱いがより精緻に可視化できるようになると、世の中の流れとしてはベルリンフィルのイマーシブ・オーディオのように、パルス信号だけをライブ実況で抽出し、ミスのないセッション録音に被せるようなこともできるようになっている。同様なことは、ヘッドホンでのVRサウンドでも試行されているが、人間の個々人の聴覚のバラエティーのほうが広く、人によっては違和感が大きくなるなど標準化には至っていない。
ここまで書けば分かるだろうが、ステレオ空間でのリアリティは、試聴している部屋の音響を遥かに越えて拡張する方向に向いていることである。つまり聴覚の拡張を目指しているため、40kHzという楽音から遥かに離れた領域まで品質を求めるようになったのだ。そういうときは図らずとも、人間の聴覚の無限の可能性を謳っているのだが、普通の人が住む部屋はその他多くの雑音に囲まれているし、ノイズキャンセリング機能の付いたイヤホンなどは、リアルな自分の音響空間(ほんとうに雑音だらけ)を無菌状態にするために存在している。

ノイキャンと雑居の相関関係は現代人の悩みのひとつ

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【音楽とのパーソネルな関係性の復興】
では室内音楽に必要なオーディオシステムとはどういうものだろうか。
コロナ禍でソーシャル・ディスタンスという言葉が流行ったが、以下の図のように複数人が会議するのに適切な距離ということになる。実はステレオで必要とするスペースはこの社会距離に相当するものを、疑似的に公衆(パブリック)距離に置き換えることをしてきた。それはニアフィールド・リスニングでも大きく変わらず、社会距離を公衆距離に広げることがステレオの音場感ということになる。一方で、実際の録音は密接(インティメイト)距離からパーソナル・ディスタンスつまり個人距離でマイクを設置しており、そうしないと録音の鮮度は著しく低下する。こうなると、マイクは密接~パーソナルな距離、ステレオ・スピーカーはソーシャルな配置、その目指す音場感はパブリックなスペースと、段々と広い空間へと誘っていることが判る。


実は最初のレコードだったSP盤を再生する蓄音機や真空管ラジオというのは、一般家屋での試聴に適した音響を当初から目指していた。同じ時代に巨大なホーンスピーカーを有するトーキーシステムが登場したので、家庭用の音響機器はその劣化版のように言う人もいるが、実際にはそれが室内における最も適切な音響規模なのだ。以下の図表をみても、家庭用の音響規模は精々3W程度までである。



1934年に発表されたクラングフィルム社の音響機器ロードマップ

今回は室内楽のパーソナル・ディスタンスをそのままに部屋のなかで再現しましょう、ということになる。録音現場における楽音とマイクの距離は、せいぜい30cm~140cmという範囲であることに注意を向けてみよう。それ以上の距離を醸し出すようなサウンドは、全て偽りで造り物なのだ。一方で、9割方のステレオ録音は、実際の住環境を遥かに越えてコンサートホールのような音響空間へ膨張させる方向を目指している。上記のニアフィールド・リスニングは、コンパクトな住環境で音場感を確保するための手法だが、室内音楽となると膨らみすぎ(お腹が気になる?)なのである。実はこのブクブクに膨張したステレオ空間をキャンセルすることが、室内音楽をパーソナル・ディスタンスで楽しむ最初の一歩なのだ。



音楽を室内で語り合うような距離で聴くのに、モノラル音声ほど相応しいものはない。それもステレオスピーカーではなく、1本のスピーカーで聴くことである。モノラルはひとりぼっちという感じではなく、自室にミュージシャンを招き入れて親密な距離で接するという感じで、むしろ一人称のパーソナルとして部屋に居る感じなのだ。モノラル音声は以下のように、人数の大小にも関わらず、誰もが音響機器との距離を大体1m前後に抑えており、様々なシチュエーションに対応していることが分かる。ステレオ音響がより広大なサウンドを目指しているのに、実際にはそれを独り占めすることで終始するのとは正反対である。オーディオが一人の人格を有する話者として部屋に存在しているのである。



1910~60年代までの蓄音機、ラジオ、ジュークボックス、プレイバック・モニター
寝そべって聴いたり、一緒に合唱したり、ウンコ座りして聴いたり・・・

ジャズメンの伝記映画を制作するなど公私ともに音楽好きのクリント・イーストウッド
こちらは意外にも時代に添ったミニマリストでありました

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【ウサギ小屋に相応しい家電オーディオ】
日本のオーディオ事情は、かつてのリビングルームの王様から、子供の勉強部屋への避難となっていないだろうか? 私自身はそうなのだ。つまりオーディオ専用ルームもしくはホームシアター専用の部屋というものを持たずして、音楽鑑賞を続けようとするなら、四畳半よりさらに小さい空間に籠城するしかない。それは昭和の子供の頃に体験した、子供部屋=秘密基地という一国一城の主としてのプライベート空間である。ドラえもんに出てくる一戸建て二階にある「のび太の部屋」は典型的な勉強部屋で、そこで昼寝やマンガばかり読んでるのび太は、まさに一国一城の主、一人っ子の見本のようなものだ。高校生ともなると勉強机かカラーボックスの上にラジカセが置かれ、勉強のはずがなぜか深夜放送に夢中になったりと、娯楽に関する知恵ばかり身につく次第である。


学力社会のために設けられた昼寝部屋
のび太は小学生なのでラジカセもテレビも部屋にない

昭和40年代生まれの私の身の回りは、貧しい順からラジカセ < テレビ < ステレオという感じで、部屋に自分のテレビを持っている人も少なく、さらにステレオの個人所有となるとクラスに一人居るか居ないかぐらい希少だった。理由は簡単で、ラジオでヒット曲をエアチェックするというのと、レコードを買うというのでは、かなりの敷居の高さというか、堅固な城壁のような経済的に遮られたものが存在していた。ステレオを買う以上はレコードを蒐集するというのが、義務のように付いて回ったのである。そのような意味のないものを買い与える親など存在しなかったのだ。



少年マンガ誌に誇大広告を載せまくった1970年代
ラジカセはかつてスイスアーミーナイフのような万能家電だった

パーソナルな子供部屋に置かれるラジカセやテレビという家電製品は、基本的にアナログで手動操作を必要としていたため、手に届く範囲となる50cm程度に置くのが基本となっていた。それと並行して付属のロッドアンテナでも電波の良好な窓際に置くことも必然的だった。このため机の周囲1mが音響範囲であり、必然的に音響規模も1~3W程度となっていた。これがパーソナルな空間に適した家電オーディオの常識として、長らく伝承されてきたのである。

団地2DKの暮らし(青木俊也 著)

昭和30年代の都会的なサラリーマン家庭の生活スタイルを、2DKという団地から描こうとしたもの。著者は、団地の実大模型をそのまま展示している、千葉県松戸市博物館のキュレーターで、当初は団地を子育て世代のステップとして考えていたことと、都心への通勤に便利な郊外に開発された地域であること、団地には必要な家具などは全て揃っており、抽選でしか当たらない人気住宅であったことなど、様々な資料を集めて提供してくれる。
ラジカセやテレビも同じような住環境で切磋琢磨してきた家電製品なのであるが、そこに留まるというのは時代遅れのように感じさせたのは、窮屈な生活を懐かしむ余裕などないまま突き進んだ高度成長期の神話の一部に取り込まれていると思ったほうが良いだろう。



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【我が家のオーディオ・システム】
結果的に私はどうかと言うと、昔の大型ラジオと同等のモノラルシステムを組んで聴いている。Jensen製30cm径の2wayスピーカーに対し、1.2Wの真空管アンプ(ECL82の三結シングル)で鳴らすというものだ。これでもフルボリュームで鳴らすと下の階まで響いて家族に怒られるぐらいである。スピーカーとの距離は約90cmとニアフィールドに近い距離なので、高域はかなり減衰させても十分聞き取れる。実際にはコンサートホールでの自然な音響と同じで、むしろ新旧の録音を差別することなく聴けるので助かっている。


Jensen C12Rは開発が1940年代に遡るギターアンプ用だが、当時はジュークボックスなど汎用的なスピーカーとして使用されていた。30cmと大口径なのにフィックスドエッジによるバネの反発力も加わって反応が俊敏で、相棒のコーンツイーター独Visaton TW6NGとの息もピッタリで、インパルス応答も綺麗な1波形に整っている。特にDSPなどの処理をしていない素の状態でマルチアンプ駆動しているので、レンジは狭いが200~6,000Hzが一息で鳴り出し、晴れやかな見通しのいいサウンドでもある。


モノラルシステムと試聴位置での計測結果
破線:トーキー音響規格、灰色:コンサートホールの計測例
ツイーターは出力が小さいがウーハーと波形が綺麗に揃っている

私のオーディオ・システムはモノラルである。ステレオ録音もモノラルにミックスしなおして聴いている。ステレオ録音のモノラル化をどういうやり方で処理しているか疑問におもうかもしれない。実はこの件は難問中の難問で、多くのベテランユーザー(特にビンテージ機器を所有している人たち)でも、なかなか満足のいく結果が得られないと嘆いている類のものだ。

ステレオ信号のモノラル合成の仕方は様々で、一番単純なのが2chを並行に結線して1chにまとめるもので、よく「ステレオ⇔モノラル変換ケーブル」として売られている良く行われている方法である。しかし、この方法の欠点は、ホールトーンの逆相成分がゴッソリ打ち消されることで、高域の不足した潤いのない音になる。多くのモノラル試聴への悪評は、むしろステレオ録音をモノラルで聴くときの、残響成分の劣化による。
次に大型モノラル・システムを構築しているオーディオ愛好家に人気があるのが、ビンテージのプッシュプル分割トランスを逆に接続して、2chをまとめる手法で、巻き線の誤差のあたりが良い塩梅におさまると、まろやかなモノラルにできあがる。しかし、これもプッシュプル分割用トランス自体が戦前に遡る古い物しかなく、そのコンディションもまちまちで、当たりクジを引くまで1台5~10万円もするトランスを取っ換え引っ換えしなければならず、一般の人にはお勧めできない。ひどいときには600Ωの電話用トランスをハイインピーダンスの機器につなげ、高域を持ち上げて音がよくなると勧める店もあったりと、イワシの頭も信心からと言わんばかりで、何事も自分の耳で確かめなければならない。
最後に私が実践しているのは、ミキサーの2chの高域成分をイコライザーで互い違いに3~6dBのレベル差を出して合成することで、昔の疑似ステレオの逆をいくやり方である。「逆疑似ステレオ合成方式」とでも名付けておこう。これだと情報量が過不足なくまとまって、高域の潤いも失われない。


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【自然なアコースティック】
私にとって重要なのはオーディオ装置を自然なアコースティックに保つことであり、私の感覚だと広帯域でフラットではなく、コンサートホールの響きが一番しっくりくる。コンサートホールの音響は高域が減衰しており、古くはトーキーシステムのアカデミー曲線(現在のXカーブのご先祖)、最近の音楽用コンサートホールの計測でも同様の結果である。

コンサートホールの周波数特性の調査結果(Patynen, Tervo, Lokki, 2013)

もうひとつは、リッチな音質で知られる老舗の米RCAスタジオでの音響特性だが、放送業界との関係も深かったので録音機材はNAB規格(1.5~10kHzで-16dBロールオフ)に準じており、モニタースピーカーLC-1A、70-Dターンテーブル&ピックアップ、スタジオの総合音響特性まで、全てに渡って高域がロールオフしている。むしろフラットな音でのモニターは、Hi-Fi機器としての性能を示すためのオプションでしかなかったのだ。この特性がフォークやカントリー・ミュージックのメッカともいえるナッシュビルやテネシーのスタジオで、1960年代まで温存されたというのはけして偶然ではない。アコースティック楽器を収録するのに、不必要な高域パルス音はノイズでしかないのだ。


RCA LC-1Aの周波数特性(1947年時点はSP盤用フィルター装備)

LC-1Aと同時期の70-Dターンテーブル&ピックアップ(NAB規格準拠)

1966年のRCAナッシュビルとテネシーのスタジオ音響特性

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【適切な音響スケール】
もうひとつの重要なことは、これは必然性というべきだろうが、オーディオ装置は一般家屋に入るように設計されているが、その一般家屋はル・コルビュジエのモデュロールにも示されるとおり、人間のスケール感で設計されていることだ。しかるに一般家屋の音響もまた、人間の話声と同じぐらいの大きさが適度になるように設計されている。声の届かないような大きすぎるテーブルの端と端に座って食事をとるなどありえないし不合理なのだ。私のスピーカーは人間の胸体と同じ大きさが椅子に座っている状態と音響特性に合わせてあるが、上記のコンサートホールの自然でアコースティックな特性も、こうした人間の生物的な特徴と相似しているのだと思う。

ル・コルビュジエのモデュロールとスピーカーの寸法関係

タイニーハウスを真面目に研究したル・コルビュジエの休暇小屋


世界遺産 ル・コルビュジエの小屋ができるまで/藤原成暁・八代克彦

日本の”ものつくり大学”の建築学科の実践プログラムとして企画された、カップ・マルタンの海辺に作られたル・コルビュジエの終の棲家、休暇小屋(1952)の実測とレプリカの製作記録である。既に1924年に「小さな家・母の家」を完成し、1929年の近代建築国際会議(CIAM)では「生活最小限住居」についてプレハブ住宅を発表していたが、晩年になって「ユニテ・ダビタシオン」の建設と並行して企画されたのが、この木造の休息小屋である。人間の身体によって測定されるモジュロールの実践もあってか、あらためてそのディテールを再現してみると、全く無駄のない構造をもっていることが判る。「森の生活」を著したソローの言う通り、人間は他人と同じ生活をしようとあくせく働く生き物であるのに、本当に必要なものはそれほど多くはない。小屋とは第一に身体と生活を委ねられる場所であるべきなのだ。


私は人間が音楽に感動する要素は、人間の聴覚における社会性を育んできた言語的ニュアンスにあると思っている。つまり音楽の大方の情報は200~6,000Hzぐらいの範囲に納まっているのだ。そいういう意味もあって、私はスピーカーの機能性として、まず第一に人間の声をリアルに表現することを大事にしている。
そこをさらに踏み込んで、スピーカー径を大きめの30cmとしている。その理由は低音の増強のためではなく、200Hz付近までコーン紙のダイレクトな振動で音が鳴る点だ。コーン紙を平面バッフルに見立てて最低周波数を計算すると、10cmで850Hz、20cmで425Hz、30cmで283Hzとなり、喉音、実声、胸声と次第に下がってくる。あえて言えば、唇、顔、胸像という風に声の描写の大きさも変わってくるのだ。それより下の周波数は、エンクロージャーの共振を利用した二次的な輻射音になる。小型フルレンジでは胸声が遅れて曖昧に出てくるため、表現のダイナミックさに欠ける。
このボーカル域の要件を両方とも満たすのが、古いPA装置に使われていたJensen C12Rのようなエクステンデッドレンジ・スピーカーだ。喉声以上の帯域に対し遅れを出さずに胸声までタイミングが一致して鳴らせるようにするため、高域を多少犠牲にしても、スピーカー径を大きくすることで自然で実体感のある肉声が聴けるのだ。よくスピーカーの再生能力としてフルボディという言葉が使われるが、モノラルの場合はスピーカーそのものの大きさが等身大であるべきだと思っている。


人体の発声機能と共振周波数の関係
 
唇の動きに見とれるか、顔を眺めてうっとりするか…
やっぱり胸元まで見ないと実体感が湧かないでしょ!
 
裏蓋を取って後面解放!


それと、スピーカーのダイレクトな振幅をじゃましないために、エンクロージャーを後面開放箱にしている。これはJensen C12Rの共振尖鋭度Qts(最低共振周波数fo付近でのコーン紙の動きやすさを示す数値)がQts=2.5という、ガチガチなフィックスドエッジだから可能なことでもある。逆に通常のバスレフ箱用に設計されたQts=0.3~0.5ぐらいのフリーエッジでは、後面開放箱に入れるとフラフラして使い物にならない。例えば同じJensenでも高級なP12NはQts=0.7で、バスレフポートの間口が広い、古い設計のハスレフ箱に合ったものとなっているので注意が必要だ。
こうしてボーカル域でタイムコヒレント特性を整えたスピーカーでは、小音量でも周波数バランスが崩れずに鳴る。小さい音量で聴くから小型スピーカーと思う人は多いだろうが、話は逆である。古い設計の大口径フィックスドエッジ・スピーカーは、室内での音響にも配慮したスケールを描いているが、それは人間そのものが原器なのである。

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さて、広大なコンサートホールを独り占めする誘惑からはじまった本格的なステレオシステムと、生活から切り離すかたちで存在するヘッドホン・オーディオとの、そのどちらでもない室内音楽としてのオーディオの在り方を模索してきた。私は人間と等身大のモノラルオーディオを音楽鑑賞の伴侶としているが、意外に不自由なく楽しく過ごせている。それは威圧的ではない室内音楽と、それを再現するオーディオ装置との適度な距離感があってのことなのだ。



さらばステレオ!
※モノラルを愛する人にはこのロゴの使用を許可?しまする




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