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【未来の「がんばらない」キミへ】
春である。何となくウキウキした空気が弾むなか、子供も老人もついつい大声で話したり、騒がしい季節が普通に思えるのも、やはり春だからである。ネット通販やデパートで新生活応援セールなどが行われるため、何かと心機一転して未来に向かって枝葉をひろげるような感覚がある。そうした季節とは関係なく、ひと頃「応援ソング」なるものが流行した。いや、今でも高校生や中学生に「キミには明るい未来が待ってる」「だから頑張って」「負けないで」という感じで、矢継ぎ早にエールを送る歌が存在する。それはそれで良いのだが、どうしても頑張らなきゃ世間体が立たないのかな? という感じがしなくもない。会社で働くサラリーマンなんて、タイパとコスパで存在感をアピールする人がゾロゾロ揃っていて、それが競争社会の活力のように言う人も少なからずいる。
なぜこんなことを書くのかというと、どうも最近年齢を重ねたこともあり、「がんばらない」ことが自分のなかでマイブームになりつつあるからだ。もともと、私は存在感の薄い人間で、駅で並んでいると前を通行人が横断する、向こうから歩いてくる人がぶつかりそうになり立往生する、会議での発言もAI文字起こしで削除されている、等々、天性のモブキャラが板について数十年過ぎている。しかし、この老年に差し掛かって「がんばらない」という意識が芽生えたのは、どうも「頑張る=まだまだ若い」という、会社人間のステレオタイプにあまりにも執着している同年代の人を多く見てきているからであり、場合によっては頑張りが空回りしてパワハラ、若さを追い求めてセクハラなど、もういい加減よせばいいのにと思う人のこともチラホラ聞くからである。しかし、窓際族とか寝たきりとか、それ自体は人間生活の一部であることが常態化した途端、人間の尊厳が失われていくとうのは、やや極端すぎるように思う。そうならないように頑張ることに、それだけの労力を使うこと自体がムダなような気がするのである。
 
両者共にバブル期のサラリーマン生活を前提に描かれていた
16世紀の大衆画家ブリューゲルの作品に、「怠け者の天国」や「怠惰(七つの大罪)」など、勤勉なオランダ人とは正反対の様子を面白おかしく描いたものがある。同じ「何もしない人」でも、デューラーの描いた「メランコリア」や「聖アントニウス」のような崇高な姿とは全く違う。しかしデューラーとて人の子、「男性浴場」では四気質のバランスを失った男たちを癒す湯治と音楽が登場する。つまり、自分のメランコリー(憂鬱=黒胆汁)をどうにかしたいという思いが、心のどこかにあったのだと思える。その意味で、ブリューゲルの描く「怠け者」が、私にとって一種の目標にさえ思えてきた。それは時の経つままに、自分の人生を浮かべてみる、という、ちょっとした思いつきなのだ。
 
ブリューゲルの「怠け者の天国」と見るも悲惨な「怠惰(七つの大罪)」の地獄
 
デューラーの「メンランコリアII」と「男性浴場」:性格描写という新しい人物像
これらは、ルネサンスの画家らしく怠け者や憂鬱を描くにせよ全力で取り組んでいるが、現代アートはもっと自由である。こうした暇な時間の過ごし方を鑑賞に値すると位置づけたのは、20世紀の発明だったかもしれない。それ以前の時代では貧乏人の戯言のように扱われていたからだ。
 
  
フィリップ・ガストン「絵をかき、タバコ吸って、食べる」(1973)
石田徹也「無題」(ca.2000)
パブロ・ピカソ「フクロウ」(1947)
マルセル・デュシャン「泉」(1917)
ジャスパー・ジョーンズ「旗」(1955)
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ディック・ブルーナのデザイン/芸術新潮社編(2007)
うさちゃんことミッフィーの絵本で知られる絵本作家だが、元は家業だった出版社の挿絵デザイナーとして出発した。この本は80歳の記念に編集されたものだが、晩年のブルーナ氏のアトリエでの仕事ぶりとともに、ライフスタイルを紹介しているのが面白い。トレーシングペーパーで輪郭を何度もなぞって表情を整える様や、微妙に震える線で仕上げること、6色に限定した彩色など、単純なデザインをストイックに描き続けたことが紹介されている。何よりも凄いのは、自宅からアトリエまで毎日自転車(40年前のイギリス製)で片道15分を3往復(昼食は自宅で)して通っている点で、国際的な名声におぼれず、豪勢なアトリエ兼自宅を構えたり車での移動など考えずに、ずっと自分のテリトリーの中だけで往復する日々を繰り返していたことである。小さな絵本の世界観を守るのに、これほどの努力はないのではなかろうか? |
また科学者にも「がんばらない」をじっくり研究する人々がいる。例えば粘菌について長々と研究を続けている手老 篤史氏は、粘菌のゆっくりした動きが人間の生活への最適解を導く例として、シャーレの中の栄養素拠点を関東地方の地図と重ねてみたところ、たった26時間でJR路線とほぼ同じ都市ネットワーク経路を示した。いわく、脳みそゼロの粘菌が首都圏ネットワークを編み出したというのだが、拠点の設置はかなり恣意的だし、街の配置はもっと河川や農地など地理的な条件が歴史的に重なっている。にも関わらず、粘菌が勝手に編み出したネットワークには、最低限の労力で物流をこなすという「面倒くさがりな性格」が関係しているのだと思う。面倒くさいけど頑張るということを無くすことが、社会を正しい方向に導くのだと言ってもいい。
 
粘菌による物流ネットワークの生成(堂々のイグノーベル賞受賞)
とは言いつつも、一番「がんばらない」を推奨していたのは、日本の漫画家である。アニメ化された赤塚不二夫「天才バカボン」、水木しげる「ゲゲゲの鬼太郎」、園山俊二「はじめ人間ギャートルズ」のテーマソングを聞けば、「それでいいのだ」「お化けにゃ学校も試験もなんにもない」「なんにもない、なんにもない、まったくなんにもない」という感じで、勉強すれば希望の会社に入って豊かに暮らせる学力社会を真っ向から否定する歌がテレビから流れてきた。それも忙しい朝帰りの多いオヤジが居ない夜7時の時間帯をねらってのことである。(ちなみにカトちゃんの「ちょっとだけよ」は夜8時) この伝統は現在のゆるキャラにも引き継がれ、子供から大人まで大変な人気ぶりである。
  
  
ナンセンスな昭和のテレビまんがと癒し系の令和のゆるキャラ
そのうえ昭和の子供たちには、子供部屋=秘密基地という一国一城の主としてのプライベート空間があった。ドラえもんに出てくる一戸建て二階にある「のび太の部屋」は典型的な勉強部屋で、そこで昼寝やマンガばかり読んでるのび太は、まさに一国一城の主、一人っ子の見本のようなものだ。高校生ともなると勉強机かカラーボックスの上にラジカセが置かれ、勉強のはずがなぜか深夜放送に夢中になったりと、娯楽に関する知恵ばかり身につく次第である。
 

学力社会のために設けられた昼寝部屋
ちなみに、のび太は便利そうな未来機器をドラえもんにいつもねだるが、もらうたびに問題を起こし、かえって忙しくなるというオチを繰りかえしている。ウチの高校生の娘は、幼稚な発想でリスク管理のできていない状況をみてイライラするらしいが、私は他人事なので娯楽として見ていられるのだと思っている。むしろ遊びのなかでも、失敗すればその後始末は自分でするというルールが、物語のなかでは根付いているので、「これで地球は今日も安心して暮らせる」という妙なカタルシスさえ感じるのだ。けしてターミネーターのような長い全面戦争にはならない。しかしドラえもんのポケットから取り出すグッズは、どれもイグノーベル賞をもらっておかしくない発明品のように思える。誰が何のために?という謎の発明品を、思いつくままにのび太に提供するのは、他のSF作品では多大な迷惑行為としてパラドックスに陥る大問題である。それでも、のび太の成長のために面倒を見ているのが、ドラえもんのロボットたる由縁なのだ。このため二階の勉強部屋は、その部屋のなかだけでは起こりえない、未来に続く外の世界につながっているのだが、むしろ子供が子供らしくのびのび生活することを懐かしんでさえいるようでもある。将来のために今を犠牲にするなんて考えなくていいのだと思う。
 
このように未来社会の問題ではなくとも、20世紀において工業化、電子化が推し進められる一方で、人間のほうも過大な期待と要求(ストレス)を突きつけられるようになったのだが、それと平行して「楽して生きたい」「がんばりたくない」という欲求も次第に大きくなっているようだ。よく仕事のオンとオフを上手に切換えられているか?、という文言が職場のメンタルヘルスのアンケートで出てくるのだが、そもそも気持ちの問題なのか? とついつい突っ込みたくなる。酒に酔って忘れるようなことをしている人だって居るぐらいなので、そのストレスを強いてしか会社が回らないようであれば、それは異常なのだが、会社では平気な人もいれば不安な人もいるという感じで、あくまでも個人の問題として取り扱っている。本人には人材育成の一貫のためにだけ利用しているように見える(実際そういうアドヴァイスが返ってくる)が、統計で取ると社風の悪さがレポートされるようで、かといって具体性のないものにリスクヘッジもできないので、1on1のような個別面談でガス抜きをしておこうという感じだ。そもそも(本当は持ってない)人事権を傘にして、自分に都合よく働いてくれる部下を集めようとする管理職は無能なのであって、それが本当の課題であることに気付かせるまで、何か事が起こってからでないと分からないの実態だ。
 
 
機械文明を批判したモダンタイムズとメトロポリス:問題は100年前から存在した
このように、本当に「がんばらない」社会を実現するには程遠い今であるので、せめて音楽で応援でもしようという感じなのだが、どうだろう?
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【「がんばる」をやめた音楽】
実際にヒーリング・ミュージックという感じで、リラクゼーション(癒し)を追及した音楽は本当に多い。しかし、私なりに考えるのは、「がんばらない」を応援するには、心の傷を癒す程度では不十分だと思っている。それは癒し=健康回復という、活力の源になるという前提があるからだ。そうではなく、「がんばる」から完全離脱するという意志がともなって、はじめて「がんばらない」といえるのだ。その過程を音楽に譬えるのは実に難しい。なにせ音楽は音の躍動感が売り物であり、生きていることを祝うセレモニーのような性格があるからだ。しかし、それをも拒否するような音楽家たちはやはり一定数存在するのである。
「がんばらない」音楽家を「やる気がない」と同列にするのは全く間違いである。むしろ無用な力みが抜けるまで、何べんも繰り返した結果、山中に湧き出る清水のように、あくまでも自然に流れているだけだ。それも蒸留水のように味気ないのではなく、周囲の草木の匂い、適度に混ざったミネラルなどもあって、とてもおいしい。調味料の基礎である「サシスセソ(砂糖、塩、酢、醤油、味噌)」でがんばって味付けしなくても、清水それ自体がおいしいのである。人間はというと、そうはいかない。自分の胸に手をあててみれば分かるが、味付けでごまかす以前に、濁ってて臭いというのが実体である。なので「がんばらない」は、在りのまま=濁ったまま放置するというよりも、無垢な状態にリセットすることにある。だから「やる気がない」と「がんばらない」は意味が違う。「がんばらない」は自然体の自分を受け容れるため、要らない身分や立場を洗い流して、自分を見つめなおすことなのだ。そうやってもなお音楽しつづけるペルソナ(魂、実存性)の存在を私自身とても大切に思っている。
レコードのはじまった20世紀から現在まで、「がんばらない」音楽は、まず見つけることが難しい。おそらく1%にも満たないであろう。それがアルバムとなるともっと希少である。それを録音しても負けない個性がないと、弱肉強食のエンタメ業界では簡単に押しつぶされてしまうのだ。だから「がんばらない」音楽家は一種の天才である。ちなみに1930~50年代にすっぽり抜けているのは、世界大戦の影響が大きく影を落としている。誰もが生きていくのに必死だったので、少しでも気を抜くと死に直面するかもしれなかったからだ。しかして、希少生物である「がんばらない」音楽活動の歴史を一望するというのが、今回の試みであることが分かっていただけるだろうか?
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ミシシッピー・ジョン・ハート/1928セッション
え~と完全にジャケ買いです。しかし絵をよく見ると、牧場の牛にパイプ椅子なんて、時代考証などいっさい抜きの1960年代の牧歌的風景。戦前のブルースといえば、悪魔のクロスロード伝説のあるロバート・ジョンソンや、綿花農園労働者だったチャーリー・パットン親父が挙げられるが、このブルース歌手はやさしい猫撫で声で歌い上げるため、どちらかというとフォーク歌手の間で話題になって1960年代に入って再デビューした。でも当時はフォークもブルースもそれらしいジャンル分けはしてなかったし、どこからプロでどこまでアマチュアなんて区分も曖昧だった。そういう自然体の歌が偶然吹き込まれたのが千載一遇の機会だったと判る。 |
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ディーリアス作品集/ジェフリー・トイほか(1927~29)
霞のなかから立ち上るフルートの第一声からして、ディーリアスの世界に引き込まれる。ディーリアスというとビーチャムがステレオ録音を行った2枚が有名だが、生前に作曲家が太鼓判を押したのは当録音である。聴いてみて分かるのだが、ディーリアス夫人の描く印象派の風景画のように、あらゆる色彩が融け込んで悠然と曲想が進む。この世紀末風のアンニュイな雰囲気は、既に第一次世界大戦で失われていたのだが、それを懐かしむように守ろうとする姿勢は、例えば絵本の売り上げで湖水地方の風景を守ろうとしたピーター・ラビットの作者ビアトリクス・ポターのような人物とも重なるだろう。 |
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ソロ・ムンク(1965)
「左手で4分音をさぐるピアニスト」と呼ばれた孤高のジャズ・ピアニスト セオニアス・ムンクの3度目のソロ・ピアノ・アルバムだが、米コロンビアに移籍した後のムンクは、ビバップ最前線にいたリバーサイド時代の緊張感が一気に抜けて、何となく聞き逃している感じがしないでもない。だが、このアルバムのシュールな飛行機乗りの姿とヘタウマなピアノにはいつ聴いても心が癒される。おそらくムンク自身が患っていた躁鬱との関連もあるのだろうか、何か手を動かしていないと落ち着かない気持ちを抑えて、黙々とピアノに向き合って自問自答しているように感じるのだ。自分のやってることが上手くいかず心が折れそうになるとき、何となく手にするアルバムである。 |
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アストラッド・ジルベルト/おいしい水(1965)
アントニオ・カルロス・ジョビン作品は、自身が米ヴァーヴに録音したオーケストラ・アレンジ盤が有名だが、気だるい感じはアストラッド嬢のほうがずっと上で、ボサノヴァのジャンル確立に大きく貢献した。それゆえに自作自演はジャズ名盤の殿堂入り、このアルバムはポピュラー音楽の歴史のなかに埋もれることとなった。しかし、柔かく息を吹きかけるようなアストラッド嬢の声は、曖昧な英語の発音とも重なって、やる気のないボーカルの代表のように思えるが、実は気だるい南米の昼下がりで暑苦しく恋など語るなんて真っ平ゴメンという気持ちが痛いほど伝わってくる。恋も時には「がんばらない」が重要なのである。 |
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サッチモ・シングス・ディズニー(1968)
サッチモことルイ・アームストロングが晩年に吹き込んだノベルティ物で、唯一無二の個性がディズニーの世界観にすっかり溶け込んで面白キャラを演じた名盤である。実はこの録音、ロスでもコアなロックバンドだったドアーズと同じ録音スタジオで録られていると言われれば驚くかもしれない。「レコーディング・スタジオの伝説」のサンセットサウンド・スタジオの項で詳しく書かれているが、この時期にボーカル用のアイソレートブースをはじめ、マルチトラック録音を最初に手掛けたことでも知られ、セッションでは一同に会するのがスケジュール上難しいところを巧く組んで、スタジオの稼働率を画期的に上げる方法で知られた。そもそもサンセット・スタジオを起こしたトゥッティ・カマラータは、1950年代末からディズニー映画の録音ディレクターをしており、多彩なアレンジを要求されるアニメーションの劇伴のためにスタジオを新設し、「10匹わんちゃん」「メリーポピンズ」「ジャングルブック」などのサウンドトラックがこのスタジオから生まれた。これを聞くとさぞかしキツキツに詰め込みセッションに思うかもしれないが、聴いてのとおり老齢のサッチモに無理なタイムテーブルを強いることなく、かなりリラックスした良好な関係を築いていることが判る。ビバップからフリージャズへと解体し続けるジャズのアート志向に対し、むしろ大衆の娯楽として浸透させることの大切さを、サッチモなりに深く洞察した揺るぎない信念がひとフレーズひとフレーズに刻まれている。 |
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フランソワーズ・アルディ/さよならを教えて」(1968年)
ゴダール映画の女優としても活躍しながら、時代に流されない独特な語り口でモノローグ的にまとめたアルバム。ややアンニュイな雰囲気で流れる楽曲は、ちょっと聴きだとオサレ系のフレンチ・ポップスと同じ文脈で考えがちだが、五月危機の只中にあったフランスの混沌ぶりを思うと、単なるゲンズナブール男爵のマネキンではないことはすぐに判る。やや深めのエコーに隠れた素顔は、単に美しい思い出のようにピンボケのお花畑ではなく、まるで別れ際に雨の中のガラス越しにみる恋人のような、おぼろげでいて印象深い切なさに満ちている。それは理解してあげられなかった心の傷への後悔が一気に押し寄せるような瞬間でもある。 |
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み空/金延幸子(1972)
歌手の個性があまりにも強いため、この演奏のバックに上記のはっぴいえんどのメンツが参加していることには、あまり言及されない。URCならではのアングラな時間が流れるが、はすっぱな純情とでも言うような、野草のつぶやき声が集められている。時折聞こえるアコギにビブラフォン(木琴)という組合せは、アフリカン・ポップスの先取りでは? と思われるくらいアッケラカンとしていて、自由っていいなとつくづく感じる。 |
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ジュディ・シル/BBC Recordings(1972~73)
異形のゴスペルシンガー、ジュディ・シルの弾き語りスタジオライブ。イギリスに移住した時期のもので、時折ダジャレを噛ますのだが聞きに来た観衆の反応がイマイチで、それだけに歌に込めた感情移入が半端でない。正規アルバムがオケをバックに厚化粧な造りなのに対し、こちらはシンプルな弾き語りで、むしろシルの繊細な声使いがクローズアップされ、完成された世界を感じさせる。当時のイギリスは、ハード・ロック、サイケ、プログレなど新しい楽曲が次々に出たが、そういうものに疲れた人々を癒す方向も模索されていた。21世紀に入って、その良さが再認識されたと言っていいだろう。 |
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喫茶ロック~ソニー・ミュージック編(1971-77)
かつて「がんばらない」人の巣窟は喫茶店だった。その喫茶店でBGMとして流れていたっぽい音楽、というコンセプトのコンピ物である。収録されているミュージシャンの演奏は、けして手抜きで演奏しているわけではないが、何となくハズレ感の周囲を空回りしているように感じて、そのムダな時間を共有することが「がんばらない」の元凶なのだ。各レコード会社のアーカイヴに埋もれていたソフトロックのコンピレーションで、渋谷系のルーツを辿るように、1971~75年を中心にそれらしい楽曲を集めている。特に有名なミュージシャンのヒット曲を集めたというより、アルバムのつなぎで収録されたようなC級の曲を選んでいる点が、何となくボ~としているときの喫茶店のBGMらしい趣向になっている。ただ、昔流行ったカセットテープに愛聴曲をまとめて、にわかDJのつもりで友人に聴かせるような感じもあって、アマチュア嗜好とない交ぜになっていて、そのインディーズ風の混沌さも愛嬌かもしれない。ソニー編が好きなのは、このシリーズの言い出しっぺのプロデューサーの思いが詰まっているのと、他のレコード会社は思いのほか気張って選曲して勝負に出たのがツマラナイのとが重なり、結局引き算で選ばれたほうが、あの頃の喫茶店に漂っていた都会の異空間を巧く表現しているように思えるからだ。 |
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谷山浩子/もうひとりのアリス(1978)
昔話=ファンタジーの世界でキャラが勝手にあれこれ話し始めた結果こうなったという、何の変哲もないアルバムである。ところが同じ時期のキャニオン・レコードには中島みゆきが昇り龍のように失恋ビームをまき散らしており、そこでアリスはおろか白雪姫の継母まで迷惑そうな顔でひねくれている。曲想は「みんなのうた」にも出てきそうな童謡のスタンダードのようなものだが、当時の肉食系男女には全くウケなかった。メイド服もゴスロリもまだ存在しないこの時代、ドレスを着られるのはアイドルと魔女っ娘くらしかいなかったのだ。しかし石の上にも三年という言葉のとおり、ラブソングを少し書いたあとは、初心のままでファンタジーの世界を現在も画き続けている。このアルバムと前作の楽曲は、後のアルバムでもときどき再録音しており、楽曲がすでにクラシカルなフォルムをもっていたことを伺わせる。きっと彼女のなかの時間も絵本と同じように止まったままで、そして幼い頃の気持ちも同じように、変わらないまま絵本のなかで生き続けるのである。 |
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モンポウ:ピアノ作品集
19世紀末から20世紀後半までに生きたスペインの作曲家だが、いわゆるアヴァンギャルドではなく、20世紀初頭から作曲スタイルを全く変えずに引きこもってしまった人である。特にフォーレの音楽に心酔していたことでも知られ、その沈黙の深さは晩年に残した自作自演のピアノ曲に現れており、スペインのもつ神秘性を最もうまく表現している。孤独で瞑想的というと、音楽表現にはむしろ向かないように思うが、それを自然とやってのける偉大な精神の軌跡でもある。 |
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ジョン・ケージ(1970s)
おそらく1970年代の録音で、イタリアはミラノ発のジョン・ケージというかなり変わった嗜好のレコードである。ミラノといえばオペラのメッカ、そう思うのは良しとして、ヨーロッパ楽壇全般で異端児扱いされていたケージ作品を、ここまで愛情をもって収録したアルバムはそれほど多くない。
ジャケットのひょうきんなキノコが素晴らしく、ケージが愛した菌糸の不思議な生命力を象徴している。内容は「マルセル・デュシャンへの音楽」「拡声器付きトイピアノのための音楽」「ラジオ・ミュージック」「4'33"」「マース・カニングハムの62のメゾスティックス」など、ケージの半生を年代的に網羅している点も見逃せない。それでいて、どこを切ってもジョン・ケージ、どっぷりその世界を満喫できる。
この録音にはオマケがあって、現代アーチスト集団フルクサスに属していたジャンニ・エミリオ・シモネッティが呼びかけ人となり、実験音楽/パフォーマンスグループ ZAJのホアン・イダルゴ、ワルター・マルチェッリ、そして最後のボーカルをイタリアン・ジャズ・ロック・バンド「アレア」の デメトリオ・ストラトスが務めているなど、錚々たるメンバーが誠意をもってケージ作品をリスペクトしている点だ。Crampsレコードも、こうしたプログレ&実験音楽のリリースを目指して設立されたらしいが、その1番手に選ばれたのがジョン・ケージであったことからも、並々ならぬ思い入れがあったと推察される。 |
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ミュージック・フォー・エアポート/ブライアン・イーノ(1979)
環境音楽の第一号として発表された空港ロビーのためのBGM音楽。ミニマル音楽をポップスのヒット曲の領域まで押し上げたアルバムとしても知られるが、空間デザインの一環としてマリー・シェーファーなどが提唱した音環境デザイン(サウンドスケープ)にもつながる、オーディオにおけるフューチャーリズムの結晶のようなものだ。それは機内の酸素濃度を保ちながら宇宙空間まで最速で飛ぶジェット機のなかで、無音の空間に残る機内の空気の存在を知らせるために鳴り響く確認信号のようにも思える。絡み合う音の時間的な重なり合いの違いは、地上との時間的な流れの違いを象徴してるように聞こえ、約10分の無重力空間の旅に誘っているようだ。このアルバムは1980年代以降のニューエイジ音楽の更盛と重ね合わされるが、むしろ空港ロビーという商業施設をテーマに置いた時点で、それまでの人間の隠された才能を引き出すニューエイジ思想との決別を意味しており、二重の意味で70年代のポップカルチャーからの離脱を宣言したのである。 |
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Horizon - Volume 1/菅谷昌弘(1990s)
1980年代末から劇団、ダンス・カンパニーの「パパ・タラフマラ」のために書かれた劇伴だが、21世紀の今になって海外からリスペクトされてコンピレーションされたという音盤。いわゆるポストモダン時代の環境音楽の一環として紹介されているが、TVドラマやCMの音効さんの仕事と間違われそうなほど、黒子であり舞台道具であるような音楽作りに徹している。多くのインハウスデザイナーがそうであるように、看板に立つプロジェクトや製品開発が終了すると、作品のもつより普遍的な価値の行方については、本人に利権は戻らないという不可解な契約条件に、多くのデザイナーは耐え忍んでいる。出来上がった作品がプラスチックな製品像をもっていても、職人層としてのデザイナーは常にアクティブに汗を流して働き続けている。一方で、作品が未来予想的な生活の在り方を模索した場合、抽象的な電子音楽はそのステイタスがいつの時点で今の出来事として共感されるかを未明のまま提示しており、それがサブスクのように大量に電子情報化されアーカイヴとして蓄積されるとき、今回のように時系列的にでたらめなネットワークとして関連付けられる可能性があることを示す。ちょうど19世紀末のスチームパンクが当時のより良き未来を画いていたとしても、現在では歴史の宿命を塗り替える期待を冒険劇のようにみるのと同じように、過去の電子音楽が、マーケティングの理論では一見して進化論のような弱肉強食の理屈で淘汰されていくように思えたなかでも、ちょうど未開拓な熱帯雨林のジャングルに住まう昆虫が新種の宝庫であるように、遺伝子的な多様性を広げることで種の生き残りを保とうとする状況に似ていなくもない。日本の環境音楽は、現実に発生している歴史的な経過から、インハウスデザイナー(下町音楽職人)という一種の擬態として姿を隠し生き延びたのだと思う。ゴキブリのようにタフだとはあえて言わないでおこう。 |
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Life/カーディガンズ(1995)
スウェーディッシュ・ポップのテーマソングのような存在で、爽やかさNo.1という感じ。この後のラブフールでとどめを刺したという感じで、それだけに年齢とともにイメチェンを図るのが難しかったと思う。その後は同じような毛色で、日本のBonnie Pinkをプロデュースするなど、意外に日本のポップシーンに深く関わっている。当時は結構ハイテンポな曲に聞こえたが、今あらためて聴くとかなり緩めに流して、誰でもリズムが取れるように中堅なところを選んでいるように思う。
しかし、このアルバム、やる気のなさがどことなくにじみ出てくる。冒頭で演奏の始まる直前に、バンドメンバーがタバコに火をつけて、ボーカルが咳払いをしてる間に、キーボードが「そろそろ始めないか?」と弾き始める。最後のトラックは、アルバムの締め方を考えてなく、長い沈黙のあとに弾き出して何とか終わらせる。ライブハウスで誰も見向きもしないなか演奏を続ける売れないバンド風を装っている感じである。その「がんばらない」空気が日本の地下アイドルのお手本となった理由もむべなるかなという出来栄えだ。 |
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ショパニアーナ/福田進一(1999)
ショパンというと、華麗なピアノテクニックで観衆を魅了する音楽の筆頭だが、ここでは近代ギター奏法の父タレガがギターソロのために編曲した楽曲を集めている。それも編曲者のタレガが所有していた1864年製作のギターで演奏している(日本にはこういう貴重なギターが寄せ集まっている)からで、立派なオリジナル楽器での演奏である。これがまた見事にはまっていて、トレース製ギターの暗く甘い音色が功を奏し、夜想曲などは恋人の部屋の窓の下で結婚を申し込むメキシコのセレナータそのもの。実に静かでエロティックである。 |
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ベリー・スウェーディッシュ/Sweet Jazz Trio(2001)
ヨーロピアン・ジャズでも北欧のそれは、初心者でも馴染みやすいオーソドックスなアレンジが多く、いわゆるコアなジャズファンには人気がない。この録音のコルネット、ギター、ベースのトリオも、古いスウェーデン民謡をアレンジした、夜更けの時間に聴くのに適したまったりとしたアレンジである。聴きどころは犯罪的に甘いコルネットの音色で、これじゃ別に何を吹いたって完敗だ。 |
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MAISON MARAVILHA/ジョー・バルビエリ(2008)
国内レコード会社のオーマガトキというレーベルのリリースするアルバムは、マニアックなものが多いように思うが、コアな音楽ファンを焚きつけてやまない。個人的には旧ソ連のダミ声シンガーのウラディミール・ヴィソツキーの1970年代フランス吹き込み盤で知ったのだが、イタリアの遅咲き男性シンガー・ソングライターの本アルバムも気付いてみればオーマガトキ。ボサノヴァとイタリア映画を組み合わせたような不思議な語り口は、上質なカフェ音楽でもある。どこかで聴き覚えあると思うと、あがた森魚「乙女の儚夢(ろまん)」と似ていなくもない。男のセンチメンタルといえば、行き場もない路地裏で犬も喰わぬ悶々とした感じだが、変態を略してエッチというなら、両者は人間の声のひとつの魅力というべきだろうか。あらためて聞き比べると、どちらも何でも鑑定団で本人評価額を大きく超えたプレミアムな判定と相成るわけだ。男のセンチメンタルはけして安くはないのだ。 |
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Travel Guide/ラルフ・タウナー、ウォルフガング・ムースピール、スラヴァ・グリゴリアン(2013)
う~ん、これは何て贅沢な取り合わせなのだろう。アコースティック・ギター3人によるトリオなのだが、その一人だけでもリーダー作を造れる実力派なのに、それが3人がっぷり組んで得も知れぬハーモニーを奏でてる。まるでマグロにヒレステーキにキャビアという感じで、とれもあり得ない取り合わせなのだが、観光旅行に行ったときについついやってしまう、高額なコース料理の大盤振る舞いに似ていて、思い出に残る一品でもある。でもこのアコギだけ担いで旅に出たような気軽な雰囲気は、そよ風のように爽やかに部屋のなかを駆け抜ける。 |
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HA〜HA / sotto(2015)
時代は天然である。「ぐるぐる~」と一言発しただけで、なぜこれほどまでに愛くるしいのだろうか? 女性としてカワイイとかいうレベルではなく、2才の幼子が初めて言葉を発したときの可愛さと同質のものだ。またはこっちをジッとみつめるフワフワ無垢毛の子犬のようでもあり、ペットショップでは絶対に目を合わせてはならない類のものだ。いちよ狙ってはいるんだろうけど、限りなく天然に近いのは、やはり持って生まれたものだと思う。聴き終わると、素直に自分の言葉で話せない大人の事情を簡単に突き抜けて、過ぎ去った時間と共にニッコリと話掛けてくるのが判る。 |
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アダンの風/ 青葉市子(2020)
これもジャケ買いです。オタクでいう「はいてない」を実写でやった稀有な例でもある。架空の南の島の物語がコンセプトらしいが、そこで話すウワ言のようなガイコク語は、どうやら日本とつながりがるらしい。それよりも言葉がイルカの鳴き声のようでもあり、おそらくこの少女はジャングルで育ったターザンのように、海の野生と陸の村落の区別もないまま過ごしているのだろう。リュック・ベッソン監督の映画「グラン・ブルー」の主人公のように、深海のイルカに誘われてどこかに逝ってしまう運命というよりは、300m先のイルカと話ができる能力を秘めているに違いない。静かなのに寂しくないのは、海に入れば様々な生き物と交信できるこの特殊な能力によるものだと思われる。 |
たとえ 寝ていてもがんばらない… |
【がんばらないオーディオ】
かように、勤勉に働くことを美徳とする日本人にとって、オーディオとは正確な音を出す=真面目に仕事するもののように感じる。なによりもオーディオ広告の多くが、サウンドが大迫力で解像度の高いことを誇っているからだ。それゆえ「がんばらない」音楽のレコードは、オーディオ試聴のリファレンスにはならない。その理由は、躍動感の低い音楽は、高級なオーディオ機器でがんばらなくても、それらしく鳴ると思っているからだ。しかして、オーディオマニアの話題は「すごい」の連発なのだが、実は受け手のレコードマニアのほうも「すごい」という話題に集まり気味である。つまり、音楽業界全体がエンタメの話題性に飢えており、「がんばらない」ことを中世ヨーロッパの七つの大罪に数え上げかねない状態がずっと続いている。
  
威圧感バリバリのオーディオ広告
なので「がんばらない」音楽に適したオーディオ機器の選択は、ある意味どうでも良いものに落ち着きがちである。ホームラジオ、ラジカセ、ミニコンポなど、家電量販店に置いてあるものは、大方それに属するのだが、そこには日中鳴りっぱなしでも、人の気に障らずにすむための深い洞察がある。
私はこの手の家電オーディオの奥深さを、歌謡曲や懐メロを攻略するときに知った。よく歌謡曲は高級ステレオで聴くと粗が見えやすいので、小さいフルレンジが似合っているなんて言っていたが、実はほとんどの大型3way、4wayスピーカーは低音と高音のキャラクターがあべこべで、そっちの癖のほうが目立つからというのがオチだった。それと下手なマルチウェイスピーカーは中域(500~1200Hz)のレスポンスがいい加減(場合によっては逆相)なので、肝心のボーカルが遠くに霞んでいたり、逆に唇だけが大きく膨らむ(ビッグマウス)など、違和感がバリバリに出る。録音スタジオのモニターは2wayが主流だったのに、豪華さばかり競うものだから、それに不都合なものは安物とディスれば大丈夫。そういうパワハラのようなことが、オーディオ業界では一般的に信じられてきたのだ。しかし、実際の標準的な家屋は四畳半から六畳間のままである。
  
あえて音楽と関係なさそうな雰囲気のなかにオーディオ機器を据える戦略
しかし、家電としてウサギ小屋に最適なオーディオを見直すべきことは、いくつかの特徴がある。「がんばらない」家電オーディオの秘儀とはどんなものだろうか?
ひとつは一般家屋の部屋のなかで鳴らす音響機器は、人間の話声ぐらいの音量が適している。それは家屋の多くが人間の住まうスケールに設計されているからであり、それが人間にとって一番自然で落ち着くからである。アンプは3Wでも十分に大出力である。
もうひとつは、人の話声に最適に設計されている家屋は、周波数レンジを人間の話声、つまりボーカル域に抑えることが重要である。重低音は部屋に籠ってドンヨリするし、超高域はキンキン耳に障る。そこを上手く抑えたサウンドが必須ともいえよう。能率が90dB/W/m以上の10~16cmフルレンジが定番だった。それも200~6,000Hzという帯域でレスポンスを均一にするため、スピーカーの空気抵抗を抑えるため、後面開放型のキャビネットに収めていた。
最後にスピーカーの大きさである。実はこれが一番むずかしい。タンス並に大きいとゆったりした感じでリラックス感が増すが、手のひらサイズではチマチマ鳴って狭い部屋が余計に狭く感じる。個人的にはミニコンポに搭載されている小型スピーカーにはいくつか不満がある。それは広帯域にするためスピーカーの能率を下げて、全体におとなしい音に終始する点である。私が目指す「がんばらない」は「おとなしくする」ではない。むしろ小さな声の変化にも敏感に反応する、気心の知れた親密さが欲しいのだ。私は最終的に、人間の上半身と同じ大きさに行き着いている。
 
寝転がってジャズを聴くクリント・イーストウッド
ジュークボックスを背に歌う若い女性たち
以上のように、3W以下のアンプに、能率が90dB/W/m以上のスピーカー、そして人間の胴体と同じ大きさのキャビネットが、由緒正しいオーディオの姿であるといえよう。
【ミニワット・アンプ】
私は真空管アンプを使っている。と言っても、けして本格的なものではなく、共立エレショップで売っている完成基盤を結線するだけのセミキットで、ECL82シングルを三結&無帰還で使用した出力1.2Wのミニワットアンプである。摂津金属工業の創業70周年記念シャーシを加えた特別バージョンで、このシャーシは1960年代の頃と同じ作り方を復元し、2019年に70台限定で売り出されて久しいが「残り在庫1台」となっていたので、いそいそと購入したのだ。基盤だけなら5500円のお試しアンプに、何もこんなに凝ったケースを付けなくてもいいものを、と思う人も多いと思うが、やはりこれは趣味の世界である。同じアクリルケースのバージョンも同じ価格なので、摂津金属工業さんとしては、記念品としてほとんどタダで提供したのだと思う。在庫1台で気になるシリアルナンバーだが、家に送られてきたのはNo.40だった。どうも売れたら倉庫から引き摺りだして店頭に並べるということらしい。でも、こういう緩さというか、けち臭い感覚も、やはり昭和風なのである。
販売して7年経っても在庫あり。物好きしか買わないだろうキット
ECL82(6BM8)は、1955年頃に蘭フィリップスで開発された、3極管プリと5極管パワー管をMT管1本にギュッと封じ込めた複合管で、家庭用のラジオ&テレビで多用された2.4Wしか出ない真空管である。初期のアンサンブル型ステレオやレシーバーにも使われており、東芝、ナショナル、NECなど、日本製のほうが性能が良いことでも知られている。以下のように洋の東西を問わず様々な家電製品に使われており、いつかどこかで聴いた音のデジャヴ感が漂っている。広告でみるユーザーへの訴求も、クラシック、ロック、流行歌、童謡と幅広いのも特徴である。1955~65年=昭和30年代の国民的な仕様だと言えば分かりやすいかもしれない。魚で言えば、マグロや数の子なんて高級食材ではなく、アジの開き、秋刀魚のようなものである。知っての通り、アジもサンマも、今では不漁続きで庶民の食卓に上りにくい贅沢品になってしまった。ECL82も同様で、唯一生産を続けていたロシア球も製造を終えて、けして安い球ではなくなってしまった。しかし1950~60年代にこの球の使われた家電製品をみると、まさに歴史的な場面に巡り合っていることが分かる。


 
 
 
ECL82(6BM8)が使用された往年の家電製品
Dansette Conquest Auto レコードプレーヤー(1962、イギリス)
Siemans Musiktruhe TR2 ラジオ電蓄(1957、ドイツ)
Siemans LUXUSSUPER H8 ラジオ(1958、ドイツ)
ナショナル ハイファイラジオAF-640(1958、日本)
サンスイ SM-21 AM2波ステレオレシーバー(1960、日本)
 
  
真空管時代の家電製品と戯れる古今東西のトップアーチスト
ロジャー・ダルトリー、グンドラ・ヤノヴィッツ、小鳩くるみ、辻久子、石原裕次郎
【適切な周波数レンジ】
私にとって重要なのはオーディオ装置を自然なアコースティックに保つことであり、私の感覚だと広帯域でフラットではなく、コンサートホールの響きが一番しっくりくる。コンサートホールの音響は高域が減衰しており、古くはトーキーシステムのアカデミー曲線(現在のXカーブのご先祖)、最近の音楽用コンサートホールの最新の計測でも同様の結果である。

コンサートホールの周波数特性の調査結果(Patynen, Tervo, Lokki, 2013)
私はミニワットアンプでも鳴らしきれるスピーカーとして、1947年に設計されたJensen C12Rを中心に、ドイツ製真空管ラジオに使われていたのと同じ仕様のコーンツイーターVsaton
TW6NGで2wayスピーカーを組んでいる。これは1950年代の高級ラジオや、1960年代初頭のジュークボックスと同じ音響規模である。1mに満たないディスクサイドに置いたスピーカーの特性は、コンサートホールのものと同じアコースティックなバランスで、Jensen
C12Rとコーンツイーターのタイミングもピッタリ息の合ったもので、フルレンジと変わりないスムーズなつながりである。
 
 
モノラルシステムと試聴位置での計測結果
破線:トーキー音響規格、灰色:コンサートホールの計測例
ツイーターは出力が小さいがウーハーと波形が綺麗に揃っている
このスッと一息でボーカル域が鳴るというのは重要で、200~6,000Hzが一挙手一投足揃って鳴るというのが、どの音楽でも基本であることが実感できる。しかも小音量でも中低音が痩せずバランスが崩れないという利点があるが、これは大口径エクステンデッドレンジ・スピーカーという、古レンジによるものであるが、以下に続けて説明しよう。
【等身大のスピーカー】
私は人間が音楽に感動する要素は、人間の聴覚における社会性を育んできた言語的ニュアンスにあると思っている。つまり音楽の大方の情報は200~6,000Hzぐらいの範囲に納まっているのだ。そいういう意味もあって、私はスピーカーの機能性として、まず第一に人間の声をリアルに表現することを大事にしている。
そこをさらに踏み込んで、スピーカー径を大きめの30cmとしている。その理由は低音の増強のためではなく、200Hz付近までコーン紙のダイレクトな振動で音が鳴る点だ。コーン紙を平面バッフルに見立てて最低周波数を計算すると、10cmで850Hz、20cmで425Hz、30cmで283Hzとなり、喉音、実声、胸声と次第に下がってくる。あえて言えば、唇、顔、胸像という風に声の描写の大きさも変わってくるのだ。それより下の周波数は、エンクロージャーの共振を利用した二次的な輻射音になる。小型フルレンジでは胸声が遅れて曖昧に出てくるため、表現のダイナミックさに欠ける。
このボーカル域の要件を両方とも満たすのが、古いPA装置に使われていたJensen C12Rのようなエクステンデッドレンジ・スピーカーだ。喉声以上の帯域に対し遅れを出さずに胸声までタイミングが一致して鳴らせるようにするため、高域を多少犠牲にしても、スピーカー径を大きくすることで自然で実体感のある肉声が聴けるのだ。よくスピーカーの再生能力としてフルボディという言葉が使われるが、モノラルの場合はスピーカーそのものの大きさが等身大であるべきだと思っている。
それと、スピーカーのダイレクトな振幅をじゃましないために、エンクロージャーを後面開放箱にしている。これはJensen C12Rの共振尖鋭度Qts(最低共振周波数fo付近でのコーン紙の動きやすさを示す数値)がQts=2.5という、ガチガチなフィックスドエッジだから可能なことでもある。逆に通常のバスレフ箱用に設計されたQts=0.3~0.5ぐらいのフリーエッジでは、後面開放箱に入れるとフラフラして使い物にならないので注意が必要だ。例えば同じJensenでも高級なP12NはQts=0.7で、バスレフポートの間口が広い、古い設計のハスレフ箱に合ったものとなっている。

人体の発声機能と共振周波数の関係 |
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唇の動きに見とれるか、顔を眺めてうっとりするか…
やっぱり胸元まで見ないと実体感が湧かないでしょ! |

裏蓋を取って後面解放! |

ル・コルビュジエのモデュロールとスピーカーの寸法関係
さて、どうせウサギ小屋とバカにしている節もあるだろうが、人間の生活にとって基本となるのは、自分の体であり、身体が生活しやすいように設計された家である。この基本単位を読み解いたのが、現代建築の巨匠であるル・コルビュジエであり、人体模型をもとにしたモジュロールの実践のために、最晩年に自宅近くの海辺の見える斜面に造られた休憩小屋は、実はあまり知られていない。すでに1929年に「小さな家」を発表して以来、そのユニットを拡張したマンションや修道院など大型建造物を立て続けに発表し続けた巨匠にとって、それはスケッチのような断片でしかなかったかもしれない。しかし海水浴が好きだった建築家にとって、この小屋は一番愛着のあるものだったという。
 
タイニーハウスを真面目に研究したル・コルビュジエの休暇小屋
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世界遺産 ル・コルビュジエの小屋ができるまで/藤原成暁・八代克彦
日本の”ものつくり大学”の建築学科の実践プログラムとして企画された、カップ・マルタンの海辺に作られたル・コルビュジエの終の棲家、休暇小屋(1952)の実測とレプリカの製作記録である。既に1924年に「小さな家・母の家」を完成し、1929年の近代建築国際会議(CIAM)では「生活最小限住居」についてプレハブ住宅を発表していたが、晩年になって「ユニテ・ダビタシオン」の建設と並行して企画されたのが、この木造の休息小屋である。人間の身体によって測定されるモジュロールの実践もあってか、あらためてそのディテールを再現してみると、全く無駄のない構造をもっていることが判る。「森の生活」を著したソローの言う通り、人間は他人と同じ生活をしようとあくせく働く生き物であるのに、本当に必要なものはそれほど多くはない。小屋とは第一に身体と生活を委ねられる場所であるべきなのだ。 |
【モノラルという選択】
さて、がんばらないオーディオの最後の仕上げは、私のオーディオ・システムがモノラルだとうことである。ちなみに私はステレオ録音もモノラルにミックスしなおして聴いている。実はステレオが一番がんばっている部分は、それがステレオであるために部屋からはみ出た無限に広い音響空間を意識せざるを得ないことである。つまり、ステレオはステレオであるがゆえに、それだけでも狭い部屋でがんばってしまうのだ。
以下のように、私のモノラルシステムは、周波数レンジ100~8,000Hz、出力1.2Wの昔日のラジオ並みである。ただしスピーカーの大きさは、人間の胸腔と同じサイズであり、一人のパーソネルがディスクサイドに座っているような感じである。つまり、コンサートホールの音の再現ではなく、ミュージシャン自身を自宅の部屋に招くようなシチュエーションで聴くことになる。これで音楽が分からなくなんて不自由なことは一切ない。

あまり意識してない人が多いが、1980年代中頃まで多くの映画やテレビはモノラル音声だった。CDが発売された1980年代になってもモノラル音声の需要は依然として高く、オーラトーン5cがモノラル音声チェック用のモニターとして鎮座していた。よく演歌のヒット曲を生みだすためにAMラジオや飲み屋の有線放送向けだとか揶揄されていたが、アイドルやニューミュージック系の楽曲はテレビCMでの採用がヒット曲の鍵になったり、マイケル・ジャクソンのスリラー以降にシングルカットする代わりにMTVの制作が盛んになるなど、モノラル音声はそれほど違和感なく受け止められていたのだ。
  
私の大好きなアート系シネマ:全てモノラル音声
 
「カラフル・クリーム」のプレイバック試聴風景(スピーカーはモノラル)
「狂気」をミックス中のアラン・パーソンズ:中央にオーラトーン5cがモノラル1台
モノラルにして聴くとどうなるかというと、音楽が一人称のものとして流れ出す。モノローグというと弾き語りのように思うかもしれないが、複数人のアンサンブルでも個々人のペルソナがより明確になる。理由は、サウンド・ステージとして設定された環境音が消えて、奏者とマイクの1対1の関係に戻って再生するからだ。
 
キャロル・キング「つづれおり」、カーラ・ブレイ「ライフ・イズ・ゴー・オン」
人間のコミュニケーションにとって変わらないものは語りかけの距離感だ
以下の図は、点音源の現実的な伝達イメージである。モノラルからイメージする音は左のような感じだが、実際には右のような音の跳ね返りを伴っている。私たちはこの反響の音で、音源の遠近、場所の広さを無意識のうちに認識する。風船の割れる音で例えると、狭い場所で近くで鳴ると怖く感じ、広い場所で遠くで鳴ると安全に感じる。 こうした無意識に感じ取る音響の違いは、左右の音の位相差だけではないことは明白である。つまり、壁や天井の反響を勘定に入れた音響こそが自然なアコースティックであり、部屋の響きを基準にして録音会場の音響を聞き分けることで、元の音響の違いに明瞭な線引きが可能となる。
 
左;無響音室でのモノラル音源 右:部屋の響きを伴うモノラル音源 |
ステレオ録音のモノラル化をどういうやり方で処理しているか疑問におもうかもしれない。実はこの件は難問中の難問で、多くのベテランユーザー(特にビンテージ機器を所有している人たち)でも、なかなか満足のいく結果が得られないと嘆いている類のものだ。
ステレオ信号のモノラル合成の仕方は様々で、一番単純なのが2chを並行に結線して1chにまとめるもので、よく「ステレオ⇔モノラル変換ケーブル」として売られている良く行われている方法である。しかし、この方法の欠点は、ホールトーンの逆相成分がゴッソリ打ち消されることで、高域の不足した潤いのない音になる。多くのモノラル試聴への悪評は、むしろステレオ録音をモノラルで聴くときの、残響成分の劣化による。
次に大型モノラル・システムを構築しているオーディオ愛好家に人気があるのが、ビンテージのプッシュプル分割トランスを逆に接続して、2chをまとめる手法で、巻き線の誤差のあたりが良い塩梅におさまると、まろやかなモノラルにできあがる。しかし、これもプッシュプル分割用トランス自体が戦前に遡る古い物しかなく、そのコンディションもまちまちで、当たりクジを引くまで1台5~10万円もするトランスを取っ換え引っ換えしなければならず、一般の人にはお勧めできない。ひどいときには600Ωの電話用トランスをハイインピーダンスの機器につなげ、高域を持ち上げて音がよくなると勧める店もあったりと、イワシの頭も信心からと言わんばかりで、何事も自分の耳で確かめなければならない。
最後に私が実践しているのは、ミキサーの2chの高域成分をイコライザーで互い違いに3~6dBのレベル差を出して合成することで、昔の疑似ステレオの逆をいくやり方である。「逆疑似ステレオ合成方式」とでも名付けておこう。これだと情報量が過不足なくまとまって、高域の潤いも失われない。
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以上、「がんばらない」音楽を鳴らすためのオーディオ環境を紹介したが、テコ入れする部分は入れて、要らない部分は思い切って捨てる、このガックリくるバランスで脱力した状態が、どうしてくつろぎにつながるのかを考えてみた。そもそも自分のなかに「がんばらない」という欲望がないとダメなので、達人に極意を聴こうというのが、このページの本来の趣旨である。

※モノラルを愛する人にはこのロゴの使用を許可?しまする
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